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2003年 7月〜
その315 NHK行 2003年7月5日
麦わら帽を へこまし
駆け出す 君を追った
やがて 見えてきた 海は
すらりとしていたね
夏に会い
駆け出す声で
僕たちは
海に出会った
海 80年 未完
その316 NHK行 2003年7月12日
前略 凧といえば、子供の頃によく遊んだものである。
ひご竹の骨組みにパラフィン紙のような紙を貼り付けた、
派手な色合いの和凧である。
トランプのクラブのような形の凧で、駄菓子屋から買って来ると、
新聞紙を細長く切って足を付けるのであるが、
試しに何も付けずに揚げた事もあったが、やはり旨く揚がってはくれなかった。
学校では社宅の子が大半で、市街の子は一割にも満たなかったであろうか、
社宅が一つの町を形勢していて、その周りを商店が立ち並んでいるような、
環境であった。
であるから誰かが凧を揚げていると、すぐに仲間が集まりだし、当面の問題は、
より高く、より遠くであるから、みんなで糸などを掻き集めて、
わいわいがやがやとやりだすのである。
電報といって、真ん中をくりぬいた紙を糸に通して揚げると、
遥か彼方の凧まで届くのであるが、最後は糸が切れるか、落ちるかなのである。
そんな環境であったから、何でも自然発生的にブームになりだすのである。
ビー玉ブームの時は凄かった。
どんどんエスカレートしていき、ガラス玉から鉄玉(ボールベアリング)になり、
鉄玉もゴルフボールほどの大きさがベストとなったが、夏蜜柑ほどの玉を持ち歩いて、
他流試合に出掛けている子もいた。
流石に馬鹿じゃないかと思ったが、勝負してみると、ゴロンと転がしただけで、
みんな弾き飛ばされてしまい、ガラス玉で狙い打ちしても、割れて戻ってくるのである。
頭がいいのか、悪いのか分からなくなってくるが、
冷静に振り返ってみると、あれは、砲丸投げのボールだぜ。
ある年、凧上げを見て、早速凧を揚げたくなったが、金はなし、しょんぼり家に戻ってきたが、
廊下の片隅に仕舞ってあった、すっかり忘れていた、無傷のままの、
それも大きめの凧を見つけた時は何時までも信じられない気持ちでいっぱいであった。
他愛のない話です。
草々
その317 NHK行 2003年7月19日
◆耳より情報◆
>作曲者は盗作者と競争はしない。作曲者は盗作者をライバル扱いはしない。
>作曲者は盗作者を評価はしない。盗作側に欠けているのは、常識である。
>曲を載せるな、というような、脅迫じみた、勇み足な声が聞こえてきていたが、
>なるほど、この曲かな? みなさん、「8月の楽曲紹介」に注目。
>都合が悪いグループが出てきそうです。
>それにしても、覗かれてでもいない限り、無理な要求であるが、
>何の関係があるのか分からぬ連中とバケモノと一身胴体か?
◆ということで8月の楽曲紹介は、特報曲として、
半音ではなくFmaj7ですが、載せます。
中盤にポイントをつかんだ所から、ノッてきます。
◆暫定キリバン曲ですが、8月中頃に載せます。
今回は6月に作ったホッカホッカのノルマ曲を載せます。
実際、唄い込んだ再録がベストなのですが、
今の作曲者の息遣いが聴ける即興曲もいいでしょう、
30年連れそったギターも健在で、編集して、なんとか載せます。
「昔の人だろう」てか…とんでもございません。
「盗まれ続けた間抜けな作曲者だろう」てか…なにをおっしゃいますやら。
「おっさんだろう」てか…どうしてどうして、本年度最高のメロディ、乞うご期待。
>イラストの話ですが、7月中にすっげーのを載せます。
>おじさん、おばさん達をも、うーんと唸らせるほどの、自信作です。
>トップページにでかでかと載せます。乞うご期待。
◆まるで、そこに生きて呼吸をしているかのような、
魂の叫び、ニャオウィーン…乞うご期待。 8月になるかも。
>究極のニャン これが猫ファンでしたら、1時間は笑い転げて、はたまた1週間は
>思い出し笑いが続くという究極の・・・・・あー余計なこと書いちゃった。
>まだまだ先です、技術がおっつかなくて。
>>などと、一年ほど前に書きましたが、ついに、ついに、載せる日がやって来
>>ました。
>>今年の夏は、笑かしてもらいます。乞う期待。
◆という事で、色々約束をしてしまいましたが、上から順番に載せていきます。
その318 NHK行 2003年7月26日
あめんぼ 1974年 「おでこの君は」から
一、 入り江は静か 風が舞う ボートが一艘 枯れ葉に積まれ 君の為にさと 乗っちゃおうか 夏の賑わいは このおんぼろボート 「もっと早く漕げないの」 って言うから 遠慮せずに 飛んでゆけ アーメン号 二、 水の上の忍者 水法師 僕の好きな人が 一驚して 蜘蛛の大群がと 抱きついてきた あれは蜘蛛じゃないよ あめんぼ 「あーあ 抱きついて損しちゃった」 って言うから あれはやっぱり 水蜘蛛だよ 甘えん坊 |
三、 水の上の忍者 水法師 僕の好きな人が 手を濡らし あっちへ行けと 水でっぽう どこにでも居るんだよ あめんぼ 「でもね さっきからついてくるのよ」 って言うから おーまーえーどこか 飛んでいけ あめんぼ 四、 風の中で揺れる 麦藁帽子 僕の好きな人が 目を凝らし どこを見てるのよと キツイ声 ちょっと貸してねと 帽子取られ 「ねぇ 似合うでしょ」 って言うから 君はポテンシャル&ラグジュアリー 決まってる |
その319 NHK行 2003年8月2日
前略 この間、Guitar to Classicという、
クラシックの名曲をエレキギターのサウンドで聴かせてくれるサイトを訪問、
試聴してみたが、なかなか聴き応えがあって宜しかった。
往年、想いを寄せていた名曲にも出会えて、曲名も知ることが出来た。
私の場合、気に入ったメロディを見つけても探すという事はしないのである。
音楽変遷と言ったら、自分の楽曲の生い立ちしか語れず、
音楽鑑賞に精を出すという事は先ずなかった。
74年に旅立ってからは、作曲に精を出す日々で、80年、横浜に居た頃に、
兄のミーハーな洋楽コレクションをコピーしてもらい、聴いた程度である。
であるから、ジミヘンをより知ったのは90年のビデオを購入して映像からである。
この頃はロック黄金期のビデオをたくさん視聴している。
最近では2年ほど、テレビの歌番組を視聴していたが、もう止めている。
その85年頃にテレビのCMから流れてくるストリングスの、
流れるようなメロディが心に残り、今回これが、パッヘルベルのカノンと知ったのである。
バッハと同時代の人で、親交もあったようで以外であった。
パッヘルベルのカノンを聴いて、バッハのメヌエットを連想したが、
どちらかと言えばバッハのきっちりとした枠にきっちりと収まっているメロディに対して、
パッヘルベルのカノンは開放感があるように思う。
どちらも早くに奥さんを亡くしていて、バッハなどは、
旅から戻っ来たら奥さんがもう居なかったという、言葉に出来ないほどの感嘆符を覚えたが、
音楽だけは、時を超越して普遍である。
カノンはニ長調ですが、ハ長調にすると C−G−Am−Em−F−C−F−Gとなり、
F−C−Fと、Fに戻るところなど、逆にコード進行など、意識しないところの為せる技かなとも思ったりもする。
その85年頃に偶然ですが、私も流れるようなコード進行を再現した事があり、
私の場合、C−G−Am−Em−F−G7−C−Amであり、ロック調の「ビー」という傑作です。
例のイントロ部分がスポーツ番組のテーマ曲に転がされていた曲で、
原曲入りカセットが無くなっているので、目ん玉会社に聞くと何か分かるはずである。 草々
その320 NHK行 2003年8月9日
前略 7/28 >凧 蛸 ときたので、次回は「タコ助」でも載せたい気分。
タコ助ではなく、デコ助を載せました、と思いきや、やっぱりニャン・・・・・ではなく、
デコ助はタコ助、ではあっても、一度載せて、また直して載せたので、ニャンでしょう。
いわゆる「騙し絵」です。(その317)
騙しといっても、作品にまで、昇華できれば、幸いです。
音楽業界には騙しばかりやってるタコ助がいっぱ・・・
8/ 4 >それにしても、覗かれてでもいない限り、無理な要求であるが、
>何の関係があるのか分からぬ連中とバケモノと一身胴体か?
>>ケ〇の穴まで見せて、外交は出来んぞ。
>>その幕下に位置している会社なら、知恵を働かせれば、理解出来る事だ。
>>通用する世間と、通用しない世界がある。
>>知恵が無いのなら、小さく纏まっていればいいだけだ。
>>私には「バカでーす」と商売しているようにしか見えないのだが。
「取り返しがつかないから逃げる」なんてめちゃくちゃだぜ。
8/ 4 >消えそうになると、出てくる男、それが私です。
>そうです、「ここ変」は永遠に不滅です。
> ところで、ゲロリンピックは、まだですかね。
>もう少し頑張りますか。
> 夏場は動きが鈍くなっちゃって・・・。
って載せたとたん、システム障害で、消えていた。
タコ助が反乱起こしたべか?
8/ 9 こういう連中は死んだ後まで、音楽世界をかき回すのだろう。
かまわん、墓碑銘にこう刻んでください。
私が許します。
「アイドルジジイの銭儲けの為に、音楽を、音楽ファンを計りに乗せた盗作者、ここに永眠」
「生きてる」って事はまず、生きてる実感が伴わないとね。
まやかしなど墓の中と大差ないぜ。
8/16 なお、前後に「ばか」とか「すけべ」とかは、禁物。
それは、ジジイのほうへ。 草々
その321 NHK行 2003年8月16日
打明話 1974年 「おでこの君は」から
一、 僕のかたくなに結んだはずの誤りと かしこまっちゃうカッコ良さが 君のさらっとした髪の中にある コンピュータが 何時までも記憶し続けて 理解してくれるのならと思うのです 風に震う名も無い花に たとえて話している僕です |
二、 僕の音の出ないハーモニカを ポケットからさっと素直に 君の結びきれない唇の中にある メロディが 何時までも描き続けて ハモってくれるのならと思うのです 風に揺れる名も無い花に たとえて話している僕です |
三、 僕の頑固なほどの派手やかな思い出と 空し過ぎる抵抗が 君の少女の時のように変わらない かぎりの 大人っぽさと子供っぽさがミックスして フルーツポンチになるのならと思うのです 風に揺れる真っ白い花に たとえて話している僕です |
※74年に「コンピュータ」が出てくるなんて、さーすがぁー。
その322 NHK行 2003年8月23日
前略 8/18 夏休み、山奥に入ったら、虫に寄生されてしまった。
肩の後ろの辺りに噛み付いて、離れないのだ。
始めはイボでも出来たのかと思ったが、東京にもどり、
デジカメのマクロ機能で写したら、頭を突っ込んで、
尻だけ出している3ミリほどの虫を見つけた。
実際、熱い温泉や、サウナに入っていたので、
弱っていたのだろうか、ポチッと取れた。
感部が少し桜色になっているので、とりあえず桜だより。
おーこわ。
検索したら山ダニと分かった。
下手に取ると頭部が体内に残り、化膿するようである。
さされても麻酔のようなものを出すために、
気づかないようなのだが、私の場合、イボだと思っていたので、
無意識に指で弾いたり、摘んでクルクル回したり、
引っ張って伸びきった所を爪を立てたりしていたので、
馬鹿になっていたのだろうか。
3日間もくっ付いていた。
その323 NHK行 2003年8月30日
前略 会社畳んで別荘へ行ってもらう者に、音楽界の心配など、無用なのだが、
未だに私のメロディラインに入り込んで、
セッセと悪運に命を張っているようである。
今時、新しいフレーズがどれほど難しいか、などとは、
音楽をかき回している当人等は露ほども考えずに、
せっせとお仕事に御執心である。
「車買ってあげるから歌、唄おうね」とか言って、
テレビや音楽業界をうろうろしている女の子、男等を集めて出来たのがELTである。
ブレークする少し前にNHKの番組で、驚愕に値するトークを披露していた。
「○○さんの曲でしょう?」五十嵐曰く「取って置いてもしょうがないから」
盗作を表明しているのだが、とても自称作曲者から出てくる、お言葉とは思えない。
しかしここで呆れ返って言葉を失ってはいけない、
つまり彼等は単なるお人形なのであり、言われたままに動いているだけなのである。
トキオとかいうグループは、盗作曲に押されて今一ぱっとしないと思っていたが、
CMに出始めて最後の最後に盗作曲を唄い出していましたな。
あの賑やかな曲がそうです。
スピッツの盗作曲あたりのメロディラインで、
バランスを保つ意味で已む無く作った最近の曲であるが、
彼等には「取って置いてもしょうがないから」しか知恵がないようである。
CMで「僕たち、いい人だよね」とか言っているが、とんでもない、
薬物保持と同じくらい悪い人です。
別に大河ドラマの巌流島に合わせて載せている訳ではなく、
業界の裏仕事が、あまりにも多いだけの事である。
70年フォークブームの頃、テレビのランキンク番組で出演者がゼロと言う時があった。
レコード会社としては、折角売れているのに、わざわざテレビに出さなくとも、であり、
テレビ局はお手上げ状態であったが、私達視聴者は十分時代の流れを感じとったものである。 草々
その324 NHK行 2003年9月6日
前略 74年の1年間は、思い付くままに詞を書きなぐっていたが、
埼玉に居た75年は、兄にも「今年の1年は凝縮した詞を書く」と宣言したとおりに、
少なめだが中身の濃い詞を書いていた。
そんな中、鉄工所の仕事中にアクシデント(悪魔の悪戯)で、
足の親指を鉄の梁に挟む怪我をした。
作業靴を脱いで、靴下を取ると、爪の隙間から血がどくどくと出てきた。
社長の車で病院へ行ったら、ヒビが入っているとの事だったが、
幸い爪がガードの役目をしてくれるらしく、手当てと薬だけで帰された。
社長「注射しないんですか?注射…注射」
先生「どうして注射しなければならないの?」と社長は変な会話をしていた。
2・3日休んで、仕事には出ていた。
北海道に居た頃は、毎月のように熔接で火傷をしていて、
治ったと思ったら別の所がまた火傷で、手足に今でも一円玉弱の後が残っている。
お袋は会社辞めて高校へ行きなさいと言っていたが、後三年間、机にへばり付いて、
回りがみんな年下と想像すると、うんとは言えなくなってしまった。
溶接機の2百ボルトのヒューズを取り替えている時に、感電(悪魔の悪戯)した時は、
流石に感電したと思った。
何度も意識を確認している時に、ふらふらと綿の上でも寝転びたい感触に至り、
ふらふらと外に出て寝転んだ。
一瞬、視野がモノクロに見え、鼓動が激しかったが、序々に治まった。
何故か世の中が明るくなった気分になった。
熔接棒を潰して作ったドライバーだった為、被覆剤(粉のようなもの)が付着していたので、
電流が最小限に留まったのであろうか。
私と同じく入った同僚も感電したが、腕を曲げていたので、指から入って、
肘に貫けたらしく腕に穴が開いたと言っていた。
2百ボルトは半端じゃござんせん。
埼玉は76年の春には引き払って、東京の調布に移り住んでいた。 草々
その325 NHK行 2003年9月13日
前略 8/27 またまた、N○K子会社から仕事が入ってきていたが。
「聞き逃す」とかなんとか、印象に残ったが。
何か言ってくるたんびに、こちらはそれをもひっくるめて、掘り下げていくだけで。
世話のやける人達です。
抗議文にも書いたけど、「不正がのし上がるなどという事はなく、
全体のレベルが低下しているだけ」
9/10 30年近く、その年の最高曲を作り続けている作曲者に対して、
随分と過激な人達です。
東芝は「大きいのを取る」などとすごんでいる。
それじゃまるで「バイオを買って、修理に出そう」だぜ。
今日、山手通りを車で走っていたら、バイクがまん前に幅寄せしてきた。
間を置いて、読売でーす、とか聞こえてきていたが、ケツに火でもつき始めてきましたか。
ローソン前のオヤジは自転車の幅寄せで、「わざと」じゃなーいと嘘をついていった。
NHKは「無視」とか聞こえ、まず簡単明瞭な人達です。
みなさん、面白くなってきましたよー。
音楽世界の銭儲けの矛先・はけ口が、何故、作曲者に向けられるのか?
そろそろ、そちらで特番、組む頃ですな。
今日は東芝の車が横断歩道を横切った後に、緑のTシャツのギャルが幅寄せして来た。
東芝といえば、歌姫がデビュー頃「タバコの〜〜新しい歌〜」と唄っていたが、説明すると、
つまり、盗んだ曲でもって、もっと「大きいのを取る」と、のたまっているのである。
こちらは、やむなく、「この子は要注意、何せ東芝だから」と釘を刺し、
最小限に留めたつもりであった。
泥棒が部屋に押し入った後に、匂い消しの為にフンをこいていく、というが、
正にやっている事はこのレベルなのである。
なんてったって盗作曲を業界で持ち持ちしているほど過激なのである。
抗議文を進めていくうちに、「なんで、うちばかり…」と抗議の声が聞こえてきていたが、
まるで小学生を相手にしているようであるが、私は小学生ではないので、
「その303」で、平等にオンパレードしたつもりである。 草々
その326 NHK行 2003年9月20日
前略 8月27日の火星最接近より何日か前に、
デジカメを持ってアパートの前に出ていたのだ。
南東の方角に明るく輝いている星を見つけ、火星だと思い、シャッターを押していた。
この時は直ぐにパソコンに取り込み、按配を確認したが、
やはり手ぶれで、星らしくはなかった。
夜景モードを試したかっただけなので、例の黒猫を写していた。
同じアパート内の飼い猫らしく、お上品ではあるが、顔の回りに所々禿を作っていて、
皮膚病にでもなっているのであろうか、この頃は外で御ねむのようである。
火星最接近の夜は天気が悪く、外へは出なかったが、9月9日の夜、
月と火星のランデブーはツーショットを写そうと8時40分の情報に合わせて外へ出た。
火星は確認できなかったが、兎も角カメラを固定して写そうと、
回りを、うろうろしている内に、雲が近づいて来て、フリーで構えたが間に合わなかった。
それまでは煌々と輝いていたのに、雲に入ったきり、火星も確認できなかった。
3枚ほど写し、其の儘であったが、15日に取り込んでみたらびっくり。
これがその時の写真です。
「夏休みに帰省。 山野のペット霊園に行って来ました。
手を合わせてから、辺りを見回すと、何と、猫がゆっくりと通り過ぎて行きました。
猫ってなぜか天晴れですよねぇ。」
などと、掲示板に載せていましたが、そうなんです、墓石台をセメントを捏ねて作ったのも、
ローソク挿しのピンをこさえたのも私であった。
まるで「ありがとう」と言っているように微笑んでいるではありませんか。
真っ白な、肉球がピンクの、風呂から上がるとスリムボディの………笑。
いやはや兎も角、私のイラストにお月様が特別参加してくれて、
ライブラリも宇宙規模になってきました。 草々
その327 NHK行 2003年9月27日
イカロス 「サリーの君は ミマちゃん1」 (1974年)
一、 子供の頃に 絵本を見たの 太陽に立ち向かう 男の絵本 それはイカロスとだけ 書いてあって 本を閉じ 涙流してしまったの ○○○○○○○○○ ○○○○○○○○○ あの頂点に達した コンプレックスの 塊を この目で見たら みんなみんな 溶けてしまいそう ※思い出せない、思い出したら載せます。 |
二、 私は二十歳の 女の子 夜の街を戯れるのが 好きなのよ けれど心は夜空に 盗まれて 流れ星の出る夜は 一つ残らず 笑い飛ばすのよ 私は二十歳の お婆さんになりそう イカロス あなたは何処へ イカロス 遠くなっていくみたい 私は二十歳の お婆さんになりそう イカロス あなたは何処へ イカロス 遠くなっていくみたい |
その328 NHK行 2003年10月4日
前略 今年は計画を立てて、海へ山へと出掛けていて、まだ足りない気分でいる。
自然に触れる機会が少なかったし、古い友人とも親交が再開した事もあり、
追い立てられるというより、惹きつけられるように出掛けている。
7月にはラフティング・パラグライダー・パークゴルフ、8月には山奥の秘湯、海釣り、
これから乗馬・スキューバダイビング・ホエールウオッチングなどを計画している。
もちろん一日体験ではあるが、行動あるのみである。
ラフティング・パラグライダーの時は、
前の日の夜に現地入りしてニセコのペンションに泊まっていた。
夜が明けると案の定、目の前に羊蹄山がそびえていて、御殿場の研修に行った時も、
目の前に富士山がでーんとかまえていて、
「こんな大きな山があるお陰で人口密度は少ないんだろうなぁ」などと、
自然の中で、呑気に見つめていたものである。
ちょうど台風が通過した後で、水かさが少し増しているようであったが、
驚くほど尻別川の水は温かった。
逆に8月に行った山奥の川の水のほうが、すこぶる冷たかった。
ダッキーという1〜2人乗りのボートで2時間半のツアーであったが、
子供の頃からボートに乗るのは慣れていたので、わくわくしっぱなしであった。
何年か前は現在の倍のツアーのようであったが、人気も出始め、事故など起きて、
縮小したようであるが、「なんで救命胴衣やガイドが居て」と思うが、
雪解け水のゴールデンウィーク時などは凄いスリルらしいのだ。
当たり前の事だが、川というのは僅かながらの傾斜を保って流れていくのだなぁと、
激流を越えてほっとした時に思ったが、「やばー、転覆間違いなしー」の時には、
足元まで激流にのまれたが、次の瞬間スーッとボート内の水が引いて艇を保った。
後で考えたら、どうやって入った水が抜けたのだろうか?
と不思議であるが、うまく出来ているものである。
その激流を越えてほっとした時に友人はドボンと落ちていた。
その前の日には私はベッドから落ちて頭をしこたまぶつけた。 草々
その329 NHK行 2003年10月11日
前略 とにかく北海道は広い。
目的地の案内地図を見て、もう直ぐだと思っても、
通り越したかなと心配になってくるほど、ひたすら走る。
首都圏の地図に慣れている私には、改めて気付かされた点である。
夜に豊浦から山越えしてニセコへ向かった時も、対向車はゼロであった。
山奥の秘湯は、「ヒグマに注意」なのである。
午後には戻ってきたので、その日の内に次の目的地、ルスツに向かっていた。
予約は次の日だったので、まず下見に出掛けてみた。
バラックの建物が並び、手前に150m四方の芝生が、
緩やかに、やがて急勾配になっている滑空練習用ゲレンデがあった。
空からの着地点は平らな手前にあった。
山の高台のスタート地点から色取り取りのパラグライダーが飛翔して、
弧をえがき、青空に確かな色を添えていた。
地上と無線連絡をとり、誘導して降りてくる中には女性の姿もあり、
川ではカヌーを漕いでいる女性もいて、エンジョイしているようである。
次の日はあいにくの横風であった為、旨く浮遊できず、
ゲレンデを子供の頃のように転げ回っていた。
午後からは急勾配からスタートしたが、インストラクターのアシストの甲斐もなく不発であったが、
友人がジャンプで言うK点越えの見事な1本を決めた。
屋根に落ちるんじゃないかと上から見ていたが、
インストラクターの人は「まだまだ引いちゃだめー(ブレークコード)」と息を呑む一瞬であった。
後で友人に聞いたら、「屋根が目の前に迫り、思わず引いた」という事だった。
インストラクターの人も「我々が狙ってもなかなか出来ない」と言っていた。
ハングライダーも見かけたが、圧倒的にパラグライダー人口の方が増えているようである。
戦中でも戦後でもなく、高度成長期後に登場したのが、考え深いところであるが、
我々の子供の頃は、凧揚げが精一杯で、まさかあれに人が乗れるとは。 草々
その330 NHK行 2003年10月18日
腕を引けば 1976年 「おでこの君は」から
一、 君はお母さんを 待っていた 湯上りの火照った顔が 大人しく 君を好きだなんて 言いそうで 手拭いを借りて 顔をぬぐった 僕より遠くを見ているような瞳で この頃の事を懐かしそうに話す とてもジッとしていられず 細い腕を引き 夕日に向かって駈け出しさえすれば 誰にも負けないで誰にも邪魔されず ずっとずっと遠い所へ 行けそうで腕を引いた |
二、 君は夕飯の 支度より 夕焼けを見ているほうが 好きなんだ だから「まだいいの」なんて 聞けないし 何時までもこうして いようと思った 僕より遠くを見ているような瞳で この頃の事を懐かしそうに話す 雨に濡れたばかりの 芝生の上を 駈けた出した足が可愛かったのに 楽しかった事も悲しかった事も 遠くへ行けば想いでになるのか 君は別れを告げた |
その331 NHK行 2003年10月25日
アイドル爺さん 「正直爺さんポチ連れて」の替え歌
一、 アイドル爺さん ポチ連れて 今日も墓穴を 掘っている ここ掘れ ワンワン ポチまで ハマってる 二、 ポチと言ったら ワンと鳴く ワンと鳴かれりゃ ポチと呼ぶ ポチポチ ワンワン どちらも ムジナです |
三、 替え歌作って 囃し立て アイドル爺さん からかえば ポチポチ キャンキャン ハマったポチまで 笑ってる 四、 正直爺さん ポチ連れて 今日も畑の 見張り番 ポチポチ 駆け足 アイドル爺さん 一目散 |
その332 NHK行 2003年11月1日
前略 9/19 「曲ができない」ではなく、できないから、不正に走るような者には、
始めから、音楽は、門を閉ざしている。
形が見えない分、その辺は音楽はシビアです。
我々が、少しずつ、築いていくしかない。
盗作は一瞬、後悔は一生。
もって生まれた感性を老化させる事はない。
9/20 大ファンのアイドルのキッスマークを手に入れて幸せ気分でいても、
実は婆さんのしわの利いたキッスマークだったとしたら、癪に障るでしょうから、
なるべく早めに真実を知ったほうがいいかと、進めているのです。
業界は逃げるとか、無視とか言っていますから、抗議文の事実を認めているわけです。
悪循環に至らない為にも。
10/20 60年代、フォークブームの先駆け、岡林氏(♪友よ・山谷ブルース)などは、
印税の代わりに洋楽LPレコード数枚だったそうです。
たしか東芝だったと記憶しています。
てあるから、法律のように決められているのではなく、その時代、
その人によって玉虫色に変化しているようです。
して、現在はというと、たとえると、あのマウンテンテレビのように、
局内アイドルキャスターをいっぱいこさえて、2時間枠にどんどん出させて
、内輪でまとめる、安あがり番組。
印税を払うほうも、受け取るほうも、ムジナなので、裁判沙汰には至らぬのです。
業界内でありましたが、あれは玉虫玉虫。
10/26 「この街」「雨」などの私の抗議に対して、東芝は何を用意していたか?
金を出さずに、しかも作曲者とのパイプを繋げるのに、一番手っ取り早い方法。
みなさん、もうお分かりでしょう。
CMの流れを汲み取った答えです。
脈が無いと知るや、今度はNHKが歩み寄りを見せていました。
犯罪行為の中で、この馴れ合いには驚かされますが、あまんじていると音楽が、
もっと混沌とした世界になってしまいます。
作曲はある意味、正確さの結晶です。
あいまいな世界はもっとも苦手とする世界です。
音楽を銭儲けの道具としか扱っていない現状、無条件降伏が一番正確さに近いのです。
戦争映画のラストに「常識が通用しない所が地獄だとするなら、まさにここが」という回想があったが、
業界は妙な所に地獄を作りたがるようだ。
彼等をみていると、「商売にうつつをぬかしている内に、戦争から離れているだけなのかもしれない」と思うが、
であるなら尚更、責任重大であるはずだ。 草々
その333 NHK行 2003年11月8日
前略 10/2610月の三連休に乗馬に行って来ました。
まず策の中でレッスンをして、そして外乗に出てポックリポックリ乗ってきました。
そういえば横浜に居た頃、馬券売り場が近くにあったので、何年か競馬に凝っていた。
3冠馬ミスターシービー・7冠馬シンボリルドルフの頃で、物凄い盛り上がりでした。
皇帝シンボリルドルフは始めから終わりまで圧倒的に強く、まさに皇帝、
あぐらをかいて伸びをして見ていましたが、
ミスターシービーは最終コーナーまでいつもドン尻で、首差で優勝をもぎ取ったりしていて、
ひやひやどきどきしっぱなしでした。(記憶違いで、ちょっとオーバーかな?)
だから乗馬をしたかったという分けでもないですが、どちらもカッコいい馬だったなぁ。
二十歳の頃、松山に居た時に競輪場が近くに在ったので、試してみた。
東京でも一度、見よう見真似で馬券を買った事があるが、社会勉強である。
スタート前の走りを見て、3・4と決めてポケットから一万円用意した。
私はいつも考えもせす、一点買いなのである。
3・4の車券窓口が何時までも混んでいたので、4・3も同じだろうと思い、
そちらの窓口で十枚買った。
スタートからゴールまではおぼろげだが、確かに私が選んだゼッケンの色が、
一着・二着と入った。
3・4というアナウンスが聴こえ、十倍近い配当が付いた。
私はかなり興奮して胸ポケットの当たり券を調べたが、しっかり3・4ではなく、4・3である。
連勝複式?一瞬不安がよぎった、まさか?もしや?・・・
ともあれ払い戻しに走ったが、不安が的中した。
連勝単式という、ずばり一着・二着を当てなければ、いけない車券だったのである。
天国から地獄とは、この事である。
何故気づかなかったのか!
何故慎重になれなかったのか!
何故混んでいても待っていられなかったのか!
(待っていたら締め切りになっていた)
自分を責めたが、私は3・4を買ったつもりだったのである。
「郷に入れば郷に従え」であり、社会勉強と諦めたが、悔しーぃ。
巡り巡ってその悔しさをミスタールドルフ君等が晴らしてくれたと言う訳なのです。
御馬さん、だーい好き。 草々
その334 NHK行 2003年11月15日
天の川の流れの中で 「サリーの君は マー坊」 (1974年)
一、 見上げてる ここは ここは 落っこちる 落ちてくる 流される 沈む 世界 白い煙を 吹くと あの子は あの子は あの子は あの子は 泣いてる ケンタウルスよ あの子の胸に 届け 届け 届け 弓撃つ あの子の胸に 射され 射され 射され 夢の中 夢の中 みんな ゆ め の な か |
二、 広い夜空 見てる なら 星一つ 星一つ 星一つ 星一つ 落とせ 白い煙を 吹くと あの子は あの子は あの子は あの子は 泣いてる 天の川の 流れの中で 見てるなら 見てるなら 見てるなら 天の川の 流れの中で 見てるなら 星一つ 落とせ 夢の中 夢の中 みんな ゆ め の な か |
三、 星が キラキラ 光だけ 星が キラキラ 光だけ 星が キラキラ 光だけ 星が キラキラ 光だけ 星が キラキラ 光だけ 星が キラキラ 光だけ 星が キラキラ 光だけ 星が キラキラ 光だけ 星が キラキラ 光だけ 星が キラキラ 光だけ 星が キラキラ 光だけ 星が キラキラ 光だけ 星が キラキラ 光だけ 星が キラキラ 光だけ 星が キラキラ 光だけ 星が キラキラ 光だけ 星が キラキラ 光だけ 星が キラキラ 光だけ 星が キラキラ 光だけ 星が キラキラ 光だけ |
その335 NHK行 2003年11月22日
前略 11/13「イントロ部分がスポーツ番組のテーマ曲に転がされていた曲で」
などと2度ほど注意しているのだが、ポニーキャニオンは、
何をつむじを曲げているのか、中身にまで手をだしている。
逆回転の逆戻しで、両サイド抽出という大手レコード会社お得意の盗作法。
例の「地上の星」とかいう曲です。
目ん玉会社(中島みゆき)というのは、
私のもっとも早い73年に作った曲を逆回転して「時代」とかで、デビューしているタコ助で、
現在のスタンスで作り始めて、もっとも早く間引きした曲を手にしている会社でもある。
ソニーが「何でうちばかり」の裏打ちである。
また、ソニーが盗作曲で海外遠征などをして、
人様の庭で博打などやり出したら、許しがたいであろう。
CCCDなど、海外からの圧力ではないのか?
こんな国が、OSフリーなどと叫んだって、どうなっていたか、わかりゃせん。
上層にいけばいくほど「そら見たことか」は皆無なんだぜ。
11/17この頃の間引きされた曲が、海外にも流れたようで、
次回に列記するが、その前に動きをみせるだろうか?
高橋けんちゃん一人では無理なお仕事であろう?
兎も角、ガラス張りにしないと、こういう異常な人間による、異常な結果が生まれてくる。
そこで、今日のことわざ 『墓穴に入らずんば ポチを得ず』
11/22ポリス ♪見つめていたい クィーン ♪ボヘミアン ラプソディー
この間のテレビで、ポール等、イギリスのミュージシャンが、
ヘイジュードを勢ぞろいで唄っていた中で、クラプトンが盛んに首を横に振っていたが、
今回は列記しないでおこう。
>「私のもっとも早い73年に作った曲を逆回転して」という事で、
次回は74年に作った曲を逆回転された曲を列記。
多分日本の業界が手取り足取り関わっているようなので、動きを待ちますか。
イーグルス ♪ホテルカリフォルニア ビリージョエル ♪オネスティ
その後、定かではないが、道義的見地からか水面下で衝突があり、
日本の業界は(出来ないからそんな事を言う)というような、
異常な捨てゼリフをはいたようなのである。 草々
その336 NHK行 2003年11月29日
前略 11/28 デジタル放送開始記念
特別企画番組・・・連続ドラマ 「おじん」。
いい年こいて手が早くってしょーがないドラマ。
放送終了10分前にはお決まりの「俺のふところに何故か人様の銭が?」で捕まり、
終了5分前にはお決まりの「こらえてケロ、こらえてケロ、こらえてケロヨン」で許される、
視聴者にはストレスが溜まってしょーがない、新企画。
受けますよー。
半年ほど前にNHKから、珍しくPRメールがきていた。
受信料は振り込みにしてあるので、珍しい事なのである。
テレビが壊れて、持っていないので、「受信料は要りません」とでも言っているのであろうか。
この頃うるさくなってきたので、「解約してくれー」と言っているのであろうか。
そんな水臭い、横浜からの付き合いじゃありませんか。
私の所持金二十円の時にも、せっせと父っつあんバイクに乗って、
集金人が、受信料取りに来ていたじゃありませんか。
この父っつあんバイクが帰った後に、留守を見計らって、
めん玉会社が間引きに来ていたようなのである。
ヒドイ人達ですねぇ。
ところで、あの書きなぐったような乱暴な、めん玉ロゴ。
評価の仕様がなく、プロの方では決してああはなりません。
子供でもああいう主張はしません。
「それだけは止めて下さい」と言う、識者がいないと、大笑いの種にもなりかねませんね、
会社のロゴであれだけいい加減なのは今だ見た事がありません。
全体のレベルが下がっているのでしょうかねぇ。 草々
その337 NHK行 2003年12月6日
前略 76年の初夏に埼玉を引き払い、吉祥寺を目指したが、
都合で調布になってしまった。
多摩に住んでいた友人から車を借りて、三鷹駅、吉祥寺駅、
調布駅を三角にした丁度真ん中の深大寺に落ち着いた。
調布側はまだ林や畑なども多く、調布飛行場まで、そんな感じだった。
広い土地を持った造園業宅の車庫を造りに行った時に、
その外れの雑木林に鎌倉街道が通っていたらしく教えてくれた。
わずかに一間程の幅の道が数メートル程、確認出来た。
教えてくれなければ分からないほどの、道らしき道であったが、
その役割も終え、私有地の片隅に埋没しようとしていた。
まぁ鎌倉街道は舗装されて残ってはいますが、「いざ、鎌倉へ」と言う位で、
繋がっていたんでしょうね。
ここには三年程居たが、深大寺にも詣でず、
有名な深大寺そばも二年程してから、食べにいったほど無頓着であった。
普通のモルタルアパートであったが、キッチンが三畳ほどあって、
庭付きの一階であった。
テレビも無く、旅立って三年程はテレビからの情報も皆無であったが、では、
暇な時は何をしていたかというと、本を読み漁っていた。
小説などを読み、活字から、総てを連想して、人様の人生に触れ、
自分なりに解釈して、自分のペースで読みふけっていた。
本を読むという事が、想像力を養うのに一番最良だと思う。
そういえば、小学六年の時、「かえるのへそ」という、童話を作り、
先生に見せたところ、発奮して、図画の時間を割いて紙芝居作りに発展した事があった。
筋書きも思い出せないほど、くだらない話だったが、出来上がり、
他のクラスに見せに行くよう言われた時は、心底、恥ずかしかった。
抗議文もその類だが、それでも長く続けられるのは、本を読んでいたからであろうか。草々
その338 NHK行 2003年12月13日
イカロスはもう 「サリーの君は ミマちゃん2」 (1975年)
一、 内緒の話をね 目を閉じて 目を閉じて 内緒の話をね 目を閉じて 目を閉じて 強く 三日月めがけて 縄を投げ 上手く架かれば 後ろに引いて グイッと引いて 飛んで行けば 眠くなる 眠くなる 子供のように |
二、 内緒の話をね 静かにね 静かにね 内緒の話をね 静かにね 起きたら 逆で 暗がりのスリッパが 上手く履けず 上手く脱げず なめてた飴が 何処かへ転がり 見えなくなれば 眠くなる 眠くなる 子供のように |
三、 内緒の話をね あの子にね あの子にね 内緒の話をね マー坊にね 話たらね そっと キッスしてくれたの だから今日の日は もうおしまい 優しくなって 明日また 紐解くように 眠くなる 眠くなる 子供のように イカロスはもう イカロスはもう |
その339 NHK行 2003年12月20日
前略 12/ 3 暇なので、カラスネットの重しを作っていたら、
ハンマーがずれて人差し指を打ってしまった。
血豆ですんだ。 いでで、いでで。
化け物がアルバイトしたかな? 怖いですねぇ、メディアは。
国益、国品を損ねますよ。
12/11 【【化け物に拘っているメディアの社員と、その家族のみなさまへ。】】
日々、誠真している事と思いますが、残念ながらその与り知らぬ所で、
バッキャモンは出没し、ひとたび取引が通ると、お友達と勘違いをし、
どこでも顔を突っ込み、悪戯をしてきます。
自分チェック、他人チェックを欠かさずに。
尚、その努力を怠ると、バッキャモンは「我が世の春」と勘違いをし、
無関係の人にまで飛び火して、「有難う」などと言って罪を重ねていきます。
社内の不祥事はまず、社内から。
盗まなければ、やっていけない会社など、どこの社会でも必要ありません。
テレビ局?
あれは局内で誰かが、放送コードに毛躓いたのを、周りで笑っている、だけでしょう。
ムリを通せば道理から権威まで総て、引っ込んだ結果です。
11/27 そろそろ、ここ10年位に作ったカセット曲に取り掛かりますが、
盗まれていなければ、ごろごろ盗作曲が、出てくるはずです。
※1コード曲の絞込みでまだ、手をつけていない。
12/ 8 ロケットが、また墜落だってよー。
ソニーに作ってもらえよー。
いつ壊れるか分かるくらい、ちゃんと作ってくれるぜ。
その名も ST-Tロケット。
めん玉ロゴ入りだと、笑われるけどね。
12/13 その名も ST-Tロケット。
ソニー テクノロジー ワン ロケット
えっ?
12/17 キロロの声であったろうか、
「もう少し、夢を見させてー」とか聴こえてきていたが。
だーめー。
盗作曲でブレイクさせて、ひきつけておいて、何年ももたせ、
売れなくなってくれば、また、必ず盗作曲だ。
中村あゆみ然り、徳永然り、山下然り、桑田然り、きりが無い。
大体、体に音が鳴っていない者が、手を出す世界ではない。
典型的なのは、大江千里。
気づけよ。
2年ほど前のNHKの番組で、元女子バレーの選手の人と司会をやっていたが、
妙に身構えているので、調べてみたら、パラダイス銀河の作曲者である。
馬鹿だぜ、こいつ。
「大江君に足りないのは、自信だけである、自信を持てる様に私が育ててあげよう」などと、
アイドル爺にそそのかされたのだろうが、その利益はどの懐に収まっているのやら。
まぁ、私の側にいない者は総て、曲者という事であり、救いようの無い業界である。 草々
その340 NHK行 2003年12月27日
メール返信。その26
●楽しく拝見させていただいてます○○ちゃんと言う者です。
良いHPですね。とても気に入りました。これからも更新がんばってください。
これからもたびたび訪問させていただきます。
★屈託のないメール、ありがとう。これからも頑張ります。
●とてもおもしろいHPですね。業界などにうとい私は読んでいてえ〜そうなの?
そうだったんだ!と少しだまされていたのか?と思う事が多々ありました。
★この頃は、疑う人より、信じてくれる人が多く、とても心強いです。
この頃はみなさんからのメールも変化してきているようです。
音楽鑑賞そのものは、とてもリラックスしている状態ですから、
私の抗議文のような現状は、困惑して言葉さえ用意されていないと認識できます。
それでも尚、混迷し続けるのは、犯罪の性質なのでしょう。
私もそういう渦中にありながら、勉強不足で怠け者で、みなさんのつぶやき、
情報を頼りに進めてはいるのです。
情報がありましたら、メールなり、掲示板なりに、どんどん書き込んで下さい、
今がその時です。
不安があるのでしたら、NHKに匿名で質問なり、情報なり送ってもいいです、
もみ消すという事はないでしょうから。
送った事実だけでもいいのです。
さて、その情報ですが、「CCCDを推薦している音楽評論家、メーカーのひも付き?」
というのがあったので、載せておきます。
80年頃でしたが、東芝のミュージシャンが、音楽評論家を罵倒した文があった。
それはもの凄い剣幕で、「こいつらは、悪口書いて金を稼いでいる」といった具合で、
それ以来フリーで自由に活動していた音楽評論家は一掃してしまいました。
ちょっとした発言でしたが、結果としてそうなったのは、東芝の、業界の悪巧みには、
不適合であったのでしょう。 草々
※と言うことで、年賀は、仲良くニャンムーンとベソを載せました。ニャンサーンになりました。
※20××年 異星人のメッセージ? をべそが極秘入手!!!
※ピエロ ついに 集大成 いつ 2004年配信? ピエロがいっぱいでピエロレラ? イラスト界にまたまた大激震
あの宮崎監督をして、チョロッとパクッている ピエロレランドの住人達 監督は顔がすでにキャラクター
キャンニャンハウス発 抗議文経由 ピエロレランド行き べそが べそがー べそがぁー
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