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7月

 その 471 NHK行 2006年7月1日
前略 自分の半生を振り返ってみて、やはりあの時が恋に落ちた瞬間だったんだな、
と言える、くすぐったくも切ない青春の思い出がある。
手痛い目に遭うと免疫が出来るのか、その後は素敵な人を見かけても恋に落ちた事はない。
 彼女とは1度きりの出会いで、何も無かったし、言葉も交わさなかったし、
ほんの1分ほどのどこででも見かける売り子と客の一期一会であった。
 当然向こうにとってはただの行楽客であり、記憶の片隅にも残っていない筈だが、
私の方は一瞬にして恋に落ち、ポーッとなって2週間ほど仕事も手に着かず、
恋煩いという雲を掴むような浮遊状態で時を過ごしていた。
おまけに帰り道に会社の子が何気なしにポラロイドで、
その恋に落ちた劇的な私の横顔を写したので、いつまでも記憶に残る初恋になってしまった。
 79年頃、調布での鉄骨の仕事にも慣れてきた頃、会社の子とも慣れ親しんでいた。
中3の長男がアパートに泊まりに来るというので、そりゃ冷蔵庫しかないので、マズイと思い、
エスケープを試みて三鷹に出来たばかりのカプセルホテルへ案内した。
 当時はウイスケを飲みながら本を読むのが夜半の日課だったので、うっちゃらかしてふけっていた。
確か読んでた本は開高さんの「白いページ」だったと思う。
井伏さんが朝釣りに出かけて落ちて溺れていたが、リュックが浮き袋代わりになったとか、
冗談半分のページを覚えている。
 それから暫くして小5の次男と中央自動車道に乗って富士急ハイランドへ出かけた。
雨上がりだったのでお目当てのシャトルループに乗り損ねて、替わりに恋に落ちてきたのである。
二人でお土産品を見ている時に遥か向こうからシンパシーを感じて、近づいた瞬間にもう虜になってしまった。
しかし自意識過剰の私は言葉一つかける事も出来なかった。
 突然話が30代の頃になるが、富士登山に行くのに新宿から中央高速バスに乗っていて、
富士吉田市にさしかかった頃に同乗のオバサンの声で「元気に暮らしている」と耳打ちされた。
もちろん知らないオバサンで私の場合はいつもこういうシチュエーションである。
 初恋が大人への階段だとしたら、やっとこ登ったのかもしれない。 
どんな女性だったかって?そりゃ一瞬にして恋に落ちてしまうほど素敵な人だった。       草々

 その 472 NHK行 2006年7月8日
前略 ばぁさんのシップ薬。
5/30 7:23  「安全にお使いいただくため、
処方された患者さん以外はお使いにならないでください」
「この薬を他の人に譲ってはいけません」
と、書いてあるシップ薬を貼ってたら湿疹ができて、痒くてしょうがない。
まいったなー、こんな事初めてだぁ。
5/30 23:23 と、書き込んだ時が、風呂から上がった後だったので、
更に痒くなって、たまらず病院に駆け込んだ。
 蕁麻疹 ジンマシン じんましん であった。
点滴を打ってもらって薬を飲んで一眠りしたら、
あんなにいっぱい発疹していたのが、消えていた。
 原因は藪の中であるが、こんな事初めてである。
6/ 7 一週間が過ぎて、シップを貼った箇所だけ、昨日から少しだけ発疹が出てきた。
今度のは漆にかぶれたような小さな赤いぶつぶつ。
 やっぱりシップの所為かなぁ。 それにしちゃ強力だなぁ。
下山後とか、ちょくちょく貰って貼っていたのに、何故に今回に限って?
 やっぱり藪の中かなぁ。
写真に写したのでアップしようかなぁ(笑)
6/10 みなさん!!写真にアップしたのを見たら、またまた驚きです。
「そりゃーないだろーフジ」と言いたくなるほどです。
来週中には、載 せ る !! 
6/18 またまたやられました。
トップページ一番下の画像と、2003年 7月〜抗議文その336をあわせて読むと、
より彼らの性根が見えてきます。 ひどい人達ですねぇ。
6/28 7月からタバコが値上げである。
今回は予約をして10カートン確保した。
この間一本吸ったらスーカスカ。
何とフイルターのつなぎに入っているチャコールフイルターが、入っていなかった。
指で挟んだら凹んでしまった。 捨てないで保存してある。
一体どのようにしたら、こんな事に至ってしまうのか、JTは緊急に原因究明しなさい。   草々

 その 473 NHK行 2006年7月15日
前略 毎日汗ばむ日が続いていて、まるで真夏日のように夜も熱帯夜で寝苦しい、
個人的に冬が寒かったので、その所為もあるのかなと思うほどである。
梅雨明けまでは、初夏を感じさせてもいい季節なのに、小休止すらない。
クーラーなんか付けてたまるかという時期であり、困り果て、色々と工夫しだした。
 窓のサッシに鍵ストッパーを付け、少しだけ常時開けている。
 常設の空気清浄機の出口に横へ空気が流れるフードを付けて体に送っている。
 家庭の冷蔵庫で冷やす棒キャンデーを買ってきて、体の内側から冷やしている。
しかして部屋の温度と外の温度が逆転しだして、
13日からは、とうとう夜にはクーラーを付けだした。
であるから、暦どおりの季節とはいかないので、そこが悩みの種である。
 今年のゴールデンウィーク時も東京では31度?とか記録していたが、
その日はちょうど北海道へ旅立った日で、法事も兼ねていて穏やかな日々が続いた。
 今回はいつもの湯治場巡りとパークゴルフの他に海釣りへ出かけた。
釣り好きかと聞かれたら、たぶん嫌いな方であるが、一度は船釣りもしてみたかった。
内浦湾の浅瀬でボートを浮かべてカレイ釣りであるが、兎に角好天気に恵まれた。
多分、年に何度とない波のない、風のない、穏やかな有難い日であった。
釣りなんか止めて其の儘ボートで、たゆたっていたいと思ったほどの小春日和であるが、
これがひとたび太平洋側へ行くと、波が強く、まずこんな日は来ない。
ホエールウオッチングの時が余りに凄かったので、印象が強かったのかもしれない。
 その太平洋側の家の近くにイタンキ浜という海岸があって、
子供の頃から良く友達と遊んだものですが、いつの間にか鳴き砂としても有名になっています。
たぶん行政はびっくらこいたと思う、綺麗な浜辺でしか鳴らない鳴き砂が、
工業地帯の近くで確認されたのですから。
全国でも三十箇所程だそうです。                               続く

 その 474 NHK行 2006年7月22日
前略  その遥か前の私が小6の頃に友達等とその浜辺を歩いていて、
キュッキュッと凄い音がするので、立ち止まってみんなを呼び止めて鳴らしたのを憶えている。
種も仕掛けもなく、やはり砂が鳴っている音であった。
例によって興味を示す子はいなかったが、今よりずっと高らかに鳴っていたと思う。
 何よりも浜辺で遊んで、キュッキュッと鳴らして歩いて、その先にある100m位の断崖絶壁を、
よじ登って家路につくのが、いつの間にかの僕等の行程になっていた。
みんな緊張していたのかもしれない。
いったん足を滑らしたら、下まで止まらず、滑り落ちてしまう程の崖であったが、
何度か登ってもヘマをする腕白はいなかった。
が、一度、とんでもない事が起こった。
次の日の学校で、その一人が漆に被れて登校してきたのだ。
みんなで検証しだして、きっとあの崖だ、という事になったが、その彼の症状は悪化を辿り、
特に顔が凄く、本人と識別できないほどの変わりようになって、
先生も感染るのを心配して病院から学校ではなく、自宅静養を進めたほどだった。
気の毒になるほどの変わりように私の心も暗くなったが、一週間もしないうちに沈静して、
元の顔に戻って来た時は、ばんざーいの声を上げた。
映画のエレファントマンを観ると、この時の事を思い出すのである。
 さて、カレイ釣りであるが、以外に種類があってマガレイ、宗八、イシモチ、ヒラメ等々、
みんな似たような形であるが、私が釣ったのは小さい宗八さんで、友人は30cm強のイシモチを釣った。
日が昇ってから出かけて、その他にカジカなども釣れて先ず先ずであった。
 今とは逆に子供の頃は落ち着きがなく、釣りなどジッとしているのは大の苦手であったから、
中学の時、付き合いで同級生等と近くの防波堤へ出かけたりしたが、
まったく釣れず、直ぐに飽きてしまい、「帰るべー」を連発してしまう。
同級生が「先に帰っていいよ」とつれない返事をするので、益々ブスーとしているところで、思いだした。
「そういえば昨日、親父が餌、作ってくれたんだ」と余計な事を言ってしまい、
釣り好きな私の親父の事を知っている同級生が「どれどれ」と直ぐにノッてくる。
ふんだくられるように渡したその餌を付けて降ろした途端、今まで一匹も釣れなかったのが、直ぐに釣れた。
私も吃驚したが、同級生も笑いながらもかなり興奮していた。
 懐かしい思い出であるが、その同級生が今の友人である。
ちなみに家の親父は釣り仲間からイタンキの神様と言われていたらしい。(笑)          草々

 その 475 NHK行 2006年7月29日
トマト食えば    (1978年) 

一、
北にも負けず 
南にも負けず
西にも負けず 
東にも負けない
ユートピア

忘れな草を君に投げて
駆け出す僕を
忘れないでね






二、
クシャミを飲み込んで しまった人が
失敗したような 顔をしながら
笑っていると ピエロも一緒に
笑っているよ 指なんか指して
「笑うな 誰かが 泣く」

  トマトにマッチを刺して
  火を点け騒ぐのは誰?

いけない事とは思いつつ
ついつい手が出る女の子
御免なさいも言わないで
握る乳房の柔らかさ

  トマトにマッチを刺して
  火を点け騒ぐのは僕?
三、
長い髪が伸び 乳首に触れても
とっても痒いのは 分かるけど
乱暴に掻いては いけません
そっと摘んで 右に回せば
「トマトは 真っ赤に 熟します」

  トマトにマッチを刺して
  火を点け騒ぐのは誰?

瞳閉じれば宇宙を覗き
這い出したいのはやまやまで
鼻に詰めてたチリ紙を
地面に投げれば爆発する

  トマトにマッチを刺して
  火を点け騒ぐのは僕?

 その 476 NHK行 2006年8月5日
前略 6/19 どこから湧いてくるのか、小バエが舞う季節になりました。
飲みかけのジュースのコップなどに寄ってきて、鬱陶しい事、鬱陶しい事。
 ところが昨年の事。
トイレのドアを開けた瞬間、内ドアにへばり付いてる便所バエが、
目の前に映ってきて、思わず「ヨッ」と声をかけてしまいました。
蝿に声をかけた事は初めてで、流石に苦笑しましたが。
 湯を溜める時などシャワーでしつこく追いかけて遊んでいたのですが、
「おらおらー便所バエがぁー」なんて。
しかし真横から懸命にしがみ付いているその姿を見て、心が動いたのか、
不意に心に入ってきたのか、不覚にも気の置けない仲になってしまいました。
あーはずかし。
7/31 さっきから小バエが、パソコンの画面にへばり付いている。
新しいパソコンに変えて、へばり付き第1号である。
ポインタで、うりうりとやっても逃げない。
イラストの背景を仕上げていて、まだ居る。
背景を選択にして、塗りつぶしを黒にして、突然吃驚させてやる。
黒にして白にして黒にして、うりゃうりゃ。
逃げない。
虫めがねで覗き込んでみると小さい甲虫のようである。
盛んに触覚を動かしだした。
飲み物の御代りに席を立って戻ってきたら、いなくなっていた。
                         ◆
 席を立つと言えば、
私は煙草を玄関の台の上に置いていて、その都度取りに行くようにしている。
軽くて深みのある銘柄が出ている昨今、吸い過ぎに至るのだけれど、これで一日、2・3本違います。
 その他、灰皿に10本溜まると区切りとしてゴミ箱に捨てるようにしている。
これも吸い過ぎに至らない為のバロメーターですが、文字を埋めている時は、やはり増えてしまう。
秋頃には禁煙ですね。って?・・・すいません、10カートン2店舗から買っていました。      草々

 その 477 NHK行 2006年8月12日
前略 7/11 【東芝EMI 社員4割減 財務体質改善へ資産売却も】

この間、こんな記事が載っていた。
そうですそうです、東芝だけは骨(小骨)のある人間がいると思っていました。
 ところで話が変わりますが。
70年後半に出た松任谷由実の <大全集 ユーミン> というカセット。
これを私は持っているのですが、これが凄いテープ。
90年頃になったら、テープの色がまだらに変色、テープが歪み、音の劣化。
2000年頃になったら、テープの色がすっかり変色、脱色、テープが反り返り、曲の確認できず。
同じもの、持っている人からクレーム出てると思うけどね。
それが、この間の引越しの時に見たら直っていた。
何をやっているのか、分かりゃしないよ、音楽業界は。
7/12  MISIAのLUV PARADEって、
Brand new heaviesのBack to loveにとても似ている感じがするのですが、自分だけでしょうか。

7/25  クラシックを逆回転した曲を逆回転するとそれらしくなるし、
バラードを逆回転した曲を逆回転するとそれらしくなるし、
ロックを逆回転した曲を逆回転するとそれらしくなるし、
なまじ編曲ができて、それで売れるから、そんなもんだと毎月サラリー貰っている。
東芝言うところの「なにも芸術作品作っている分じゃないんだから」だ。
 表作曲者はお金が入らないので、全国公演で稼ぐしかない。
音楽業界はとてもワイルドで華やかに見えますが、近親交配みたいなものです。
系図にすると逆回転音楽の性癖など色々と興味深い事実が表れるでしょうね。
なにも音楽業界だけのものではない。
                        ◆
 もちろん商業音楽こそ、音楽の良い面をいっぱい引き出して、
気軽に楽しめる素晴らしい場を与えていると思っていますが、やはり度を越すのは良くない。
伊勢氏 (抗議文その 217) もそこのところを危惧してか、ポップジャムで内幕を糾弾している。
ちなみに伊勢氏の「ささやかなこの人生」は岡林氏の「チューリップのアップリケ」の逆回転曲です。
 さらに、日テレをバックに稲垣潤一は「返さない」と言っていて、ソニーをバックに奥田民生は「うるせー」とか言っている。
そろそろこちらに負担をかけないように、よりまともな纏め役が出て来る事を願うこの頃。               草々

 その 478 NHK行 2006年8月19日
ツクツクボウシ    (1978年) 


一、
ツクツクボウシ って 知ってるかい
ツクツクボウシ というのはね

ツクツクボウシ というんだよ

ツクツクボーシ
ツクツクボーシ
ツクツクボーシ

二、
ツクツクボウシ って どう書くの
ツクツクボウシ というのはね

ツクツクボウシ と書くんだよ

ツクツクボーシ
ツクツクボーシ
ツクツクボーシ

三、
ツクツクボウシ って どう鳴くの
ツクツクボウシ というのはね

ツクツクボウシ と鳴くんだよ

ツクツクボーシ
ツクツクボーシ
ツクツクボーシ

 その 479 NHK行 2006年8月26日
前略 現在載せている月間配信曲 (青空と夜空と) の事も書いておこう。
1986年・32歳、この頃は即興曲も作りだして2年程になるだろうか、
とはいえ片寄る事もなく、いわゆる作曲の方も、てくてくと作っている。
 兎に角、焦らず慌てず自分のペースで、1日の僅かな時間でも必ず、
作りかけの楽曲、作り終えた楽曲の唄い込みは欠かせなかった。
 その中での即興曲ですが、30分・60分・90分・120分カセットがあり、
それぞれ1ダースで、載せられるのは120分カセットに集中しています。
ちなみに120分カセットは6月23日から始まり7月5日で完了している。
 1日に1テイクは唄っていて、その中でも6月29日は6テイク6時間、
30日は4テイク4時間と唄っていて、多分土日をはさんでいると思う。
これほど録音態勢が過密なのは後にも先にもこの時だけです。
01  A面6月23日 B面6月24日 青空と
02  A面6月25日 B面6月26日
03  A面6月27日 B面6月28日 ゆるやかな坂を下りた場所
04  A面6月29日 B面6月29日 雨の午後に
05  A面6月29日 B面6月29日   夜空と
06  A面6月29日 B面6月29日 銀河経由コスモス行
07  A面6月30日 B面6月30日 ミスターハーモニカマン
08  A面6月30日 B面6月30日  夜空と
09  A面7月01日 B面7月02日
10  A面7月03日 B面7月04日
11  A面7月04日 B面7月04日
12  A面7月05日 B面7月05日 ハーモニカマンU
 別に準備もしていなかったし、いつも唄っているので、じゃあ録音しとくか、
といった流れで始めて、それほど意気込んでいたつもりはないのですが、
振り返ってみると、ロングライブにチャレンジしているし、
載せられるのが120分カセットに集中しているし、かなりの短期間での仕上がりで、興味深いところです。
11月の楽曲紹介は05と08と90分カセットからの編集になるかなぁ。
まぁ、これ以降から即興曲は本格的に取り組んでいきますが、ほとんど総ての楽曲が仕事と両立して生まれた作品です。 続く

 その 480 NHK行 2006年9月2日
前略 (即興曲も作りだして2年程)と言っても、例の良いフレーズが浮かんだら、
録音していたのが、84年のその年に限って怠けていたのであって、
年の暮れに一気に作ったのが良い方向に向き、自信が付いていたのだろう、
一年、間をおいて、たっぷりタメを作っての即興曲のチャレンジ、と、いったところだろうか。
120分カセットに入る前にぞくぞくと武者震いしたのを幽かに思い出した。
 7月には「家の息子は4年に1度のオリンピック」と言われるほどの、
ご無沙汰の帰省をしていて、「〜北海道」、9月には東京に戻っていて、
「横浜・東京」を、それぞれ1ダースずつ作っている。
自分でも分かるほど東京に戻った途端のメロディーの変化は、
ソニー(大江千里)が、ごそっと盗んでいる。
 81年に横浜に出て来て、85年頃まで休みにはパチンコをやっていたと思う。
負けて帰ってきては、唄っていた、という印象の方が強いけれど、
やがてせっつかれるように鎌倉へ出掛けたり、名所旧跡を訪ねたり、
1986年の3月にはハレー彗星を観る為に八丈島まで出掛けている。
それで、「銀河経由コスモス行」かなと思ったりした。
 その頃はパチンコのフィーバー類が全盛の頃で、戦績をノートに書き込んでいて、
(大負け)(負け)の羅列で、いいだけ負け続けた挙句に、ぼそっと教訓を書き込んでいる。
   「いつの日も、出していると思うな、パチンコ店」
 ところで、私の父方の祖父は大正の頃、横浜の本牧に住んでいて、
当時としてはハイカラな洋裁店を営んでいたのですが、例の関東大震災で罹災して札幌に移り住んだようなのです。
 そして父が生まれ、私が生まれた訳なのですが、その本牧は、
2年近く通勤途中で毎日バスから町並みを眺めていたのに、ついぞ思い出す事なく過ごしてしまった。
こちらも自分チェックとしては興味深いところですが、
兎に角、深くものを考えさせては罠に誘い込もうとする百鬼夜行の状態では、
無心になっているのが、一番無難だった頃である。                    草々

 その 481 NHK行 2006年9月9日
前略 この頃は朝起きたらまず、コーヒーであり、一番落ち着く。
今までの何よりも、紅茶にもなかった現象である。
カフェインが効いてきたのだろうか。
 昔からコーヒーよりも紅茶の方が好きであったし、コーヒーに比べてあっさり感があり、
お腹の具合もあり、まず楽観していたが、ジワリンコン、ジワリンコンとトップに躍り出た。
 コーヒーカップにしたら多い時で1日5杯位飲んでいるだろうか、
それでお腹の具合が悪くならないので、味わい深く続いているのである。
 とはいえコーヒー愛好の道も決して簡単なものではなかった。
10代の頃はコーヒーを受け付けなかったし、
20代・30代の頃はほとんど水分を取っていなかったようなもので、お陰で痩せていたが、
一時生活水準がガタッと下がった時期があり、やむなくコーヒー牛乳を飲みだして急場をしのいだ。
 それが、いつの間にか胃腸の調子が良くなり丈夫になってきて、ラッキーな事であった。
ちびるちびると猫のチビを煩わせる事もなくなったのである。
年齢の所為もあるかもしれないが、身長と比例して現在は70キロ前後である。
 コーヒー発見の伝説は諸説あるようだけれど、私の聞いた話では、
動物の脱糞から香ばしい香りがしていて、見ると、それがコーヒー豆であった、
と言う一理あるような話であるが、ともあれ飲み物としては、グンをぬいて個性豊かな生活必需品である。
試しにこの世に生まれてコーヒーが無かったとしたら、そら空虚な気もする。
 ポール・ニューマン出演映画で、確か「動く標的」だったと記憶しているが、
朝、コーヒーを切らしているのに気づき、おもむろにゴミ箱のドリップ後のペーパーフィルターを取り出し、
湯を通し、無表情のまま口に入れる、セリフ無しのオープニングは良い効果を出していた。
 私が飲んでいるのは紙パック入りで、少し高めの甘さ控えめの奴を、更に一割ほど水で薄めて飲んでいるのです。
ともあれ朝の一杯が一番旨いと感じるこの頃。                                     草々

 その 482 NHK行 2006年9月16日
対 夏    (1975年) 


一、
朝から
早起き支度をして
ギラギラ太陽天辺に上がらぬ内にと
夏には辛いものがイイインドカレーの
マル優を使う
グツグツと溶けてただれてく

林檎に卵に人参玉葱
煙草を一服お肉にカレー粉
みんな入れたし
味見て辛子に味見て醤油
煙草を一服お肉に胡椒
味付けも出来たし
日が昇る時間が無い
林檎に卵に人参玉葱
]煙草を一服お肉にカレー粉
みんな入れたし
味見て辛子に味見て醤油
味見てお塩に味見て胡椒
味付けも出来たし

お皿に開けて底が付いて食べる内から
これしか無いのは
何故でしょね
二、
昼から
折りからの胸焼けで
何もする気がしないで時々ゲップが出て
もう直ぐ天辺に来る御天道さん
吃驚仰天滝のような汗が流れる
ぶるぶると震え痙攣

頭痛に動悸吐気に高熱
煙草を一服汗疹に目眩
温度は急上昇
神社の御水にキャンデークリーム
煙草を一服シェイクにビール
一歩も退けはしない
日が昇る時間が無い
頭痛に動悸吐気に高熱
煙草を一服汗疹に目眩
温度は最高潮
神社の御水にキャンデークリーム
煙草を一服シェイクにビール
一歩も退けはしない

着ている服が汗で歩きずらくて
転びずらくて一声
叫んだよ
三、
あれから
早起きはもう止めて
押入れの中でジッと待つ事に耐える
目元真っ黒髭ボーボー
引かれ者の哀れみをさらけ出して
ビービーと顔のわりに可愛く

林檎に蜜柑にチェリーにカレー粉
煙草を一服蓮根辛子
何やら思い出し
神社の御水に味見て醤油
煙草を一服キャンデークリーム
何やらヒヤリとする
一声叫んでみたら
頭痛に動悸吐気に高熱
煙草を一服汗疹に目眩
再び震え出す
馬鹿のアホの間抜けの火男
メンコのチョンコの被れのチンポコ
色々言っみる

襖を開けて外を覗きながらも
ビールに手を出したそうに
待ちますか

 その 483 NHK行 2006年9月23日
前略 8/10 4年に1度のサッカーワールドカップも終わりました。
私は開始から一日に一試合は観ていました。
前回と比べて今回はセットプレーでの得点が目立ちましたが、
単純に前回よりも、ディフェンス面が強化したのかなと思った。
 剣と楯のたとえ話がありますが、万能の剣と万能の楯が、戦うとどうなるか?
それを考えると、頭がこんがらかってきますが、サッカーに当てはめると、ちょっと面白い。
 必ず得点を入れるチームと、決して得点されないチームとの激突。
何度もキーパーに阻まれ、何度もゴール枠に弾き返され、
最後の最後までゴールされないチームがあり、最後の最後にゴールし、勝利するチームがある。
 剣と楯の矛盾を、人間が体を張って解き明かしつつあるかのようで、最後まで、堪能できた期間でした。
8/15 高校野球 ベストエイト一番乗り。
______1 2 3 4 5 6 7 8 9 計 H
青森山田   0 4 2 1 0 0 0 1 1 ..9 12
駒大苫小牧 0 1 0 1 0 2 1 3 2 10 16

 凄い試合だった。 4回表から観だして、6点差だった。
8回裏に8、8の同点になって、やっと腰が落ち着いた。
9回に1点取られて、ふらっときて、その裏でさよなら逆転。
試合が終わって、やっと腰が落ち着いた。 9回でビシッと終わって、いい試合だった。

 私の場合、地上波を観るのが大変なのです。
まず、ビデオキャプチャーのUSBケーブルをパソコン本体のポートに接続しでから、ビデオキャプチャーの電源を入れる。
 付属ソフトのビットキャストプラウザの方を立ち上げる。
すると、「チューナ初期化に失敗」とダイアログが出るが、タスクバーにビットキャストローダが常駐する。
 それからスマートビジョンソフトを起動して、やっと立ち上がるが、「入力信号がありません」とダイアログが出てしまう。
ここで、スマートビジョン画面の入力切替ボタンを押しつつ、ビデオデッキをオンにして、
尚且つ、ビデオ入力にすると、やっとビデオデッキ経由で映像が映る。
 ここまで3分はかかるが、下手をするとパソコンの再起動からやり直しである。
散々試した挙句、現在はこれでしか、映像が映らない。
 チャンネルの2にケーブル放送が映っていたりしていたので、混線しているのだろうか。
今年、買ったばかりの未設定のパソコンからオンラインゲームか何かの音がピコピコと、赤外線かLAN経由で拾っていた。
まさに電波飛び交う群雄割拠の時代ですな。                                         草々

 その 484 NHK行 2006年9月30日
のら節  設定…………………田舎の農家。
       登場人物……………のらと爺と・・・ぱらぱら
       ストーリー……………のらの日常
       落とし所………………
のら節
のら節 その九 最近朝食時になると、ノラがネコパンチを振ってくる。
テレビの視聴の邪魔なので、叱り付けていたが、どうやら原因は別にあった。
 何気なしに様子を窺っていたら、いつの間にか私の口とテーブルまで糸を引いていた。
納豆が。 何時までも。

ノラに「無礼者ーっ」と怒鳴ってはいたが、私の唇もたるんできたのだろうか。

のら節 その十 先祖代々からの柱時計の調子がおかしい。
これは一度分解して組み立て直すと直る。
何故なのかは分からないけれど、それで壊れずに使っている。
 あらら? ネジが一個見当たらない。
これが無いとツムジを曲げて直らない。
さんざん探した挙句、ノラに行き着いた。
 羽交い絞めにしたノラをさんざん弄くり回す。 無い。

後記 まったくもって不可抗力。
   私のへそに入り込んでいました。
   先祖代々、先祖帰りしたと、ノラに謝罪した。

のら節 その十一 のらが死んでいた。
畑の真ん中で。
これは悲しむべき事であった。
耕した窪みに、埋めて下さいとでも言ってるかのように、横たわっていた。
こんな事ったらないと思った。
今までの惰眠を、花になって、実になって御返しします、とでも言っているかのように。
 しかし猫は植物ではないので、花にも実にもならない。
畑の脇に丁寧に花を添え埋葬してやった。 これで何匹めか?

野良仕事を終えて、さて、家のノラはぁ。

のら節 その十二 ノラが空を飛んでいる。 どうやら私は夢の中らしい・・・。
こんな時、目覚めたら、決まってノラは私の顔を跨いでいる。 何度かそんな事があったから。
何の事はない・・・起きまい・・・。

  << ノラの言い分 >>
 ・・・またかよーっ・・・。

 その 485 NHK行 2006年10月7日
前略 8/21 おいおい、やめろやめろーっ。 皿を洗っている時に、後ろから、卑怯者がーっ。、
手が濡れていて、塞がっている時にーっ。 いちいち、かまってられるかーっ。
 かゆくなってきたー、かゆくなってきたーっ。 臀部のあたりがーっ。 バ蚊ーっ。
今年の夏は、どこへも行かず、部屋の中でチクリンコン。
9/ 1  昨年の夏は窓を閉めっぱなしで、クーラーをがんがん回して、ひと夏を過ごした。
おかげで吃驚するほどの料金がかかり、今年はクーラーは28度とおしとやかである。
 こう暑いと食事をするにも汗をかいてしまい、
仕度をして食べ終わり、一服の時は団扇片手である。
点けている時でもクーラーは28度である。
 であるからこの頃はオニギリを作り始めた。
多めに作って冷蔵庫に入れておき、食事の時に、チンして食べる。
これが以外といい、ご飯だから身持ちもいい。
まるで至れり尽くせりの妻のようだ。
 茶漬け  と言ったらサッと出てくる。
 サンド  と言ったらサンドイッチがサッと出てくる。
 オニギリ と言ったらサッと出てくる。
夏は暑いうちに過ぎてゆく。
協調性は配偶者が居なければ勤まらない。
おにぎり夫婦。
9/ 5 まーた、始まった ってか? 何が、言いたいの ってか?
 つまりぃ・・・そのおぉ・・・
音楽業界の所為で、婚期を逃したっつー事を、ぽつり・・・ぽつりと・・・
 ちょっとトップページに自分の写真を載せたと思ったら、いつのまにか、
フジがしゃしゃり出てきてるものなー。 だろう?
9/28 夏も過ぎたようです。
今年の夏はクーラーを抑えて、夏の風にあたっている方が多かった。
お陰で吃驚するほどの、電気料金でほっとした。
 クーラーをガンガンかけての夏ではなく、ちょっと違う角度からの夏を過ごし、
やっぱり「夏は暑いうちに過ぎてゆく」が、一番ぴったりであった。     草々

  その 486 NHK行 2006年10月14日
沖へボートはゆく    (1975年) 


一、
あなたの部屋の片隅に
膝を丸くして窄んでいたのは
塵を被った醜い
熊の縫いぐるみだけじゃない
君こそが化石なのだ

美しいのだよパーフェクトなのだから
そしてまた沖へボートはゆく
むんずと櫂を握り
沖へボートはゆく
ボートはゆく
ボートは沖へゆく
二、
思いやりが溢れるほどに
思いやりに満ち溢れ
重い槍を突き刺してそして
ブロンズ像になりたいと
正義の為の真空投げ

美しいのだよパーフェクトなのだから
そしてまた沖へボートはゆく
むんずと櫂を握り
沖へボートはゆく
ボートはゆく
ボートは沖へゆく

沖へボートはゆく
ボートはゆく
ボートは沖へゆく

沖へボートはゆく
ボートはゆく
ボートは沖へゆく

 その 487 NHK行 2006年10月21日
前略 9/18 10月の楽曲紹介は、ついについに・・・・・
ハーモニカマンU もう、それはいいよってか?
どうしてどうして、本年度最高の ○隠し玉○ かも。
     ○
  ポン
 ※      
♂          隠し玉→  C■
お楽しみに。
9/29 今回はトップページに通常編を、キャンニャンコムに隠し玉編を載せます。
それぞれ後半が違っています。
 隠し玉編の方は真剣に聴けば聴くほど、旨味が増します。
正に隠し玉の効用。
隠し玉編は吸い圧、吹き圧の異常事態。
へたくそも手伝っていますが。
9/30 通常編、後半、ドドドドのところに効果音が入りますが、
あれはヘリコプターの音で、まったくの偶然の一致。
本人はかなり驚いています。
10/ 3 86年7月5日、横浜・上大岡上空を通過したヘリコプターはどこに属しているのか?
 民放ヘリと睨んでいる。
10/ 8 わかったぞよ。4だね。
唄っている時にびっくりさせないで下さい。
10/13 この頃、イラストなどを、頻繁に悪戯されて、あからさまに、からかわれていたが、4か?
どうしょうも無い連中だな。

 この頃は例のカセット曲の間引き発覚 (その 155) (その 205) の件もあり、兄の所で、すったもんだあり、
すでに疎遠になっていたと思う。
 結局、横浜へ呼んでアパートまで用意していて会社の帰りに寄ってくれていたりしていたが、
何の相談にもならず、苦笑いしていただけである。                       草々

デザートストーンのスペースキャット その 488 NHK行 2006年10月28日
前略 9/29 《相次ぐ発火・爆発・炎上事故で、
 全世界でパソコン用のリチウムイオン電池の自主回収を決めたソニー。》

 2チャンネルで、追加情報、探していたら出てきた。
「ソニーバッテリー炎上の様子」の画像があったので見たら、こりゃ半端じゃなかった。
 次々と見ていき、「安全宣言」のレノボPCも発火とあった。
ソニー製電池使っている他社メーカーも災難である。
うん ? レノボPC ? シンクパッド ?
おいおい 私のシンクパッドだよぉ。
9/30 おいおい、対象機種だよぉ。
急いでシャットダウンして外したよぉ。ふーっ。
10/11 その後。
製造部品番号が、対象外であった。
 念のため、自動ソリューションをインストールして、バッテリー情報を検出した結果も、
対象外であった。 ほっ。
多分私のは、IBMの頃の売れ残りだと思う。
 しかし、FPSゲームなどやっていて、発火・爆発・炎上したりしたら、
思わず「ブラボー」などと叫んだりして・・・リアル過ぎですな。
10/18 小旅行に出かけたが、ヤバかった。
5時間ほど走っていて突然山奥の九十九折りで、ブレーキをかけたら、スコーンと抜けで、ガードレールに接触。
県道で左側に止めようとしたら、やはり止まらずにかなり焦った。
 2度ほど、どちらもスピードが出ていない時であったが、レンタカーを借りてこんな事は始めてである。
 プラス2万円の出費、くーっ。
店の人に「オイルに何か混入していたら、こんな事が起きるのか?」と聞いてみたが、毎回点検しているそうである。
命がけの小旅行だった、ガクブルガクブル。
《10月27日 24日夜パソコンから火花でやけど ソニー製電池が原因
国内のパソコンメーカーで、異常過熱や発煙・発火事故が明らかになったのは初めて。
詳細は調査中だが、製造工程で細かい金属粒子が混入したのが原因とみられる。》 
           草々

 その 489 NHK行 2006年11月4日
前略 10/19 槇原敬之に「銀河鉄道999」盗作騒動
「夢は時間を裏切らない 時間も夢を決して裏切らない」
"どこかで聞いたものが記憶にすり込まれたのかも"
"記憶上のものを使用したかもしれない"と語る
 槇原の所属事務所は「槇原が自分の言葉で作ったもの」と完全否定。
「ぜひ訴えていただいて…」とまで語り、法廷で争うことも持さない構えだ。

 そりゃ草吸って夢心地じゃ、どったらこったら裁判やっても勝てんぞ。
そんな前科者のつぶやきに対応してるほど、裁判所も暇じゃないだろう。
 それよりもレコード会社や事務所が、めちゃくちゃ世界中の楽曲を、ひっくり返し、
荒らしまくるのを行政は規制するべきだった。 もう遅いけどね。
荒稼ぎを見過ごしていない国もあるはずだ。
 こういうカラクリを裏に持っていけばいくほど、巡りめぐって災難をこうむるのは、
何も知らない一般市民だ。
レコード会社や事務所など、良い生活ができればいいだけの、
箸にも棒にも掛からない連中なのだから。
   自分に正直でないと、創作には向かない。
   盗作してちゃ、創作できない。
   馬鹿はうつる。
自分の胸に手をあてて、今までどれだけの事をやってきたのか、
回想するのをすすめるね、ソニ兵衛さん。
11/04  車ドア出火 運転中の女性やけど 堺市の路上で
 先月、トヨタ「ヴィッツ」の運転席側ドアのパワーウインドー作動スイッチ付近から出火し、
やけどを負っていたことが分かった。
ドアからの出火は極めて珍しいといい、同社は原因を調査している。

 小旅行の際、借りたレンタカーは小型車の「パッソ」だった。
その他ギヤチェンジがトロかったが、同じ日の10月17日ですね。
ガクブルガクブル。                                     草々

七転八起 猫 その 490 NHK行 2006年11月11日
前略 堀辰雄氏の「風立ちぬ」から抜粋。
 八ヶ岳の大きなのびのびとした代赭色の裾野が漸くその勾配を弛めようとするところに、
 サナトリウムは、いくつかの側翼を並行に拡げながら、南を向いて立っていた。
その裾野の傾斜は更に延びて行って、二三の小さな山村を村全体傾かせながら、
最後に無数の黒い松にすっかり包まれながら、見えない谿間(たにま)のなかに尽きていた。
 サナトリウムの南に開いたバルコンからは、
それらの傾いた村とその赭ちゃけた耕作地が一帯に見渡され、
更にそれらを取り囲みながら果てしなく並み立っている松林の上に、
よく晴れている日だったならば、南から西にかけて、南アルプスとその二三の支脈とが、
いつも自分自身で湧き上らせた雲のなかに見え隠れしていた。


 小旅行という事で美術館巡りのほかに、文学散歩も試みた。
堀辰雄氏の「風立ちぬ」の舞台となった富士見と軽井沢である。
 風立ちぬは20代の頃、吉祥寺ロンロン内の書店で立ち読みをして、
何故か出だしの数ページで閉じてしまったオーラの残る小説であった。
と言うのも、その出来が良かれ悪しかれ当時は知名度は高かった。
いずれは読まなければと思っていた一冊である。
 それが、今年、ネットの青空文庫で見つける事が出来、何はともあれ読み出した。
小説を読むのも何十年振りかであったが、当時の数ページの記憶が、
懐かしそうに顔を出し、自身のわだかまりが、符号となって現在に蘇った。
まるで付箋をしてあったページから、読み始めるかのように。
 中央高速の小淵沢インターを下りたら目の前に大きな山々が、ビル街のように迫ってきた。
まるで山そのもののテリトリーを確保しているかのようにでーんとしていて、
一瞬八ヶ岳かなとも思ったが、暫く走っていると視界が開けてきて、
富士見に向かう交通標識が見え、目的地に近づきつつあった。
 高速を走っている時に南アルプス、そして八ヶ岳の案内板があり、
チラリと見たが、如何せん走っているのでゆっくりは観れなかった。
大体の方角の見当をつけてもインターチェンジでグルッと回ると、
もう何処へ走っているのか分からなくなってしまう。
 確かに山岳地帯であり、どちらを観ても山、また山である。
ここらで既に海抜1000m近くもあり、高速を走っていては気づかなかったが、昔の汽車では、
坂を登ってゆくその体感ゆえに、高地にやって来た、という印象が強かっのではないだろうか。
 途中で川があり橋を渡ったので、こんな内陸で一体何処へ流れ着くのか調べてみたら、
八ヶ岳から流れるせせらぎが、川となり、富士見町を通って途中太ったり痩せたりしながら、
やがて山梨県の笛吹川と合流して、富士山の横を通り富士川となり、駿河湾に抜けているようである。
川も長い旅である。                                               続く

 その 491 NHK行 2006年11月18日
前略  朝の8時出発のつもりが、何やかやで車を運転しだしたのが9時を過ぎていて、
おまけに平日だというのに、環状七号線から20号に向けて渋滞が続き、
結局高速に乗ったのは調布インターからである。
その高速を下りて走っている道が、やはり20号の甲州街道であった。
 甲州街道は20代の頃、調布から新宿に向けてお世話になった道路であるが、
都心の道路にしては西日、朝日が強烈で、まともに受けていた。
時代が変わり続けても、道が無くならないかぎり、これだけは変わらないと思うが、
今回、高地を運転していて、やはり西日が強かった。
出遅れたツケが回ってきて、富士見町に着いたのは12時を過ぎていた。
 富士見という地名の由来を掘り下げてみれば、言うまでもなく富士山が観えるはずで、
ズームアウトして見ると、見事なほどに南アルプスと八ヶ岳を両脇に置いて、
その真ん中を貫いて、低きに流れる川の、その先に富士山があった。
 太宰が「富嶽百景」で富士を見て笑っちゃったとあるが、私は地図を見て、ちょっとニヤリとした。
実際、ニュースなどで、良く耳にする八ヶ岳や南アルプスを、地図でしっかり確認するのは初めてである。
 それにしても、縦長の若干斜めの列島に対して、ほぼ横に連なっている山脈群というのははどういう訳か?
もしやと思い日本付近のプレートを調べてみたら、
ものの見事に断層が走っていてプレートとプレートの境界線であった。
 ちなみに西日本の能登半島と東日本の伊豆半島を、回転して合わせてみれば瓜二つである。
やはりプレート間の押し合い圧し合いの産物なのであろうか、山脈群のように。
 地球は丸いと誰もが連想するでしょうが、実際はインド洋とカナダの湖が密集する辺りが、
凹んでいて、ちょうどボールを両方から押し潰したような歪な形をしているそうである。
夢の無い話ではあるが、とりあえずそれで、一定の法則に従っている訳だから、
愛すべき地球である。
こうして秋の紅葉の時期が訪れ、古きを訪ねる事が出来るのも、そのお陰である、
と八ヶ岳が語っているような。                               続く

べそ、幼少の頃。 その 492 NHK行 2006年11月25日
前略  富士見町のサナトリウムは、すんなりと見つける事が出来た。
現在の病院の駐車場に車を止め、周りを探索しだすと、
それを包み込むように一棟のサナトリウムが残されていた。
 ゆるやかな傾斜を利用して平行に南を向いていて、
そこから見る八ヶ岳は少し半身に構えているように連立していた。
天気は申し分のない秋晴れで、近そうでもあり、遠そうでもあり、
代赭色であったり、なかったり、行儀良く並んでいた。
 風立ちぬの章で、八ヶ岳を語っているくだりを思い出しながら、
頂上から順に目線を下げていって袂まで辿り、
何となく満足した気分になり、うーん、と一つ感嘆符を秋空に投げかけた。
3000m近い山々として、その名を冠する反面、海抜を引いた分、見た目は身近に感じ、
親しみのある山々なのかもしれない。
 この日は日焼けをしたほどの好天気であったが、高台の所為か、
遠くを観るにつれ霞がかっていて、南アルプスは御預けであった。
 1泊2日の日程で、要所要所の移動に2時間もかからんべぇと思っていたのが、
きっちり2時間以上はかかって、引き返す箇所もあり、一路軽井沢に向かった。
途中でビジネスホテルに泊まるつもりが見つからず、結局、夕方に中軽井沢までたどり着いた。
まぁ朝一で軽井沢を散策できて結果的によかった。
 七箇所程入館できる共通券を買って堀辰雄文学記念館や旧三笠ホテルなどを見て周り、
念願のペイネ美術館も行ってきた。
木造2階建てで、直ぐ前には湖があり、別荘を生かしたようなアットホームな雰囲気だった。
展示品もいっぱい飾ってあった。
 展示室で、うら若い女性とすれ違いざまに、お腹がぐ〜ぅと聴こえ、あらーと思ったがそれきりであった。
ペイネと奥さんがパーティで知り合うアクシデント(足を踏み踏み)を思い出したが、こちらは何事もなかった。
ポストカード一枚買ってきた、ペイネ様の縁結びのお守りです。                       続く

参勤交代 ロボキャット その 493 NHK行 2006年12月2日
前略  何気なく走っていた軽井沢の道が、五街道の一つの中仙道であった。
甲州街道に続いて二街道を制覇した、と言ったら大袈裟であるが、
とりたてて語るべき事もないが、やはり歴史のある道である。
城下町があり、門前町があり、そして宿場町があり、それを取り持つ五街道、
といったところだろうか。
 近いところでは、幕末に皇女和宮がお輿入れの際3万のお供と通った道である。
五十キロに及ぶ行列であったそうで、宿場と宿場の間に宿場が入っちゃう程であるが、
ちなみに現在に換算すると150億程かかったそうである。
 三代将軍、家光の上洛の時も凄かったらしい、なにせ、それと東照宮建造で、
幕府の財政がかなり傾いたそうである。
まぁ、戦の行軍とはまた違った趣があり、昔の移動は大変だったであろう。
 何といっても五街道といったら参勤交代のお殿様の常連の道であり、下に〜下に〜である。
「やんなっちゃうなぁーこう度々だと」
「今通った大名はなんだい?」
「ありゃ、殿様に献上する長芋だぁ」
などと天下泰平の世の娯楽、落語の小話があるが、五街道はそんな道である。
 旧三笠ホテルから少し足を伸ばして白糸の滝まで行ってみたが、これが以外と良かった。
平日だというのに駐車場は、ほぼ一杯、ツアーバスも頻繁に出入りしている中を、
滝へと続く渓流沿いの小道を登っていったが、その水量はたいした事がなかったので、
ちょっと見て引き返そうと思っていたのが、以外や、しばし白糸の滝に佇み、見入った。
 ほぼ目線の高さから横に長く伸びていて、力任せの滝ではなく、
土壌と地層の間から、その圧によって平均に白い糸のように流れているようであった。
 程よく滝が流れ、程よく滝壺があり、その周りに程よいスペースがあり、
見入る人もその空間の中の一部になったような不思議なひと時であった。
 水量はたいした事がないのに、その、見せ方によって、これほど人を魅了するものなのだなと再認識した。
ちなみに白糸の滝は全国に数箇所あるようです。                        続く

 その 494 NHK行 2006年12月9日
前略 旧軽井沢近くの駐車場に車を止め、歩き出したが、
ちょうどツアー客の買い物時だったのであろうか、物凄い人出であった。
にわか覚えの旧地図を思い出し水車の道あたりに折れたが、イメージが重ならず、
迷子になりそうであった。
 堀さん自筆の地図では、つるや旅館の先の二手橋、
さらに大宮橋の先の辺りまで歩いてみたが、散策というよりも、迷っているような頼りなさであった。
 この小旅行ではデジカメを忘れてしまい、であるから一枚も記録に残していない、
ぐずぐずしていたオマケがそんなところに現れてしまった。
「木の実などを思い出に持ち帰ってください」などの看板があったので、
どんぐりを一つ拾ってきたが、今は実が乾燥して殻の中でゴソゴソと鳴っている。
 一応、幸福の谷あたりまで行ったのだけれど、案内板が見当たらず引き返した。
幸福の谷には川端康成さんの別荘が在った場所で、
昭和十二年冬に風立ちぬの最終章を堀さんは其処で執筆している。
というのも、その少し前に追分の油屋という旅館に滞在していて、
その前年冬から最終章に取り掛かっているも果たせず、紆余曲折していた時期であろうか。
この時は詩人の立原道造さんも滞在していた。
 ある日川端康成さんの別荘に寄った際に、その頃傾倒していた王朝文学の話に話題がいき渡り、
長居をしてその日は一泊して朝に戻ったのである。
 いっぽう堀さん留守の旅館は大変な事になっていた。
近くの民家から出火した火が旅館に燃え移り、二階に居た立原氏は逃げ遅れ、
火の回っていない、廊下のはずれの窓から脱出しようにも木の格子がそれを阻み、
助けを呼んでそれを壊してもらい、やっと救出され九死に一生を得たようである。
 別荘の川端さんが聞こえ知って急いでタクシーで駆け付けた時には、
旅館は全焼で燻るそれを呆然として堀さんともども立ち尽くしていたそうである。
 それで川端さんの別荘にお世話になり、主なき冬を其の儘借り受け、風立ちぬを完成させたようなのですが、
冬の軽井沢は厳しく、まして病弱な堀氏、友人が駆けつけた時には、憔悴しきっていたそうである。    続く

 その 495 NHK行 2006年12月16日
前略 風立ちぬ以上に有名なのは川端さんの伊豆の踊子であろうか。
追分だんご、伊豆の踊子、トンネルを抜けると雪国だった、は子供の頃から耳に入っていた。
 20代の頃に伊豆の踊子と雪国は読んでいる。
こちらは構える事も無く、あっさりと読めたのですが、以外や、
ラストの船の中での少年とのセリフには強い衝撃を受けた。
 別に少女趣味でも恋愛小説好きでもなかったが、兎に角、
小説が小説足らしめるのは、こういう名作があってこそか、といたく感心した。
 主人公の学生が期待に胸をときめかして足早に急ぐところから始まり、
やがて踊子の居る旅芸人等に追い着き一緒に旅を始める。
天真爛漫で純真無垢な踊子の行動、犬を撫でる姿さえ可愛らしい。
そして別れる迄を綴っているのですが、主人公は読者が想像する以上に多弁である。
あまりに涙を流しているので少年が尋ねると主人公は答える。
 「何かご不幸でもおありになったのですか。」
 「いいえ、今人に別れて来たんです。」
私はえっ?と思った、あまりに言いえていて不意を付かれた感触だった。
 たとえば、口ごもるでもなく、目を伏せるでもなく、高みから答えるでもなく、
崇高な言葉を作者は用意していた訳でもない、
これをもって、胸をときめかして足早に急ぐ始まりから前編を通して、この感触が閃光のように貫いたのを感じた。
まるで白糸の滝の見せ方小説版と言ってもいいくらいであった。
 時代背景としては、農村からの少女達の身売りなどがある中で、特殊な環境にある踊子がいっそう際立ってみえるが、
作中の踊子のおっかさんがめちゃくちゃしっかりしている。
おっさんが踊子の肩を軽くたたくと、
「こら。この子にさわっておくれでないよ。生娘なんだからね。」
こんなおっかさんが、現代にも一杯いてほしい。
 「そんな援助交際ばかりやっていると、しまいにゃ芸能界に売り飛ばされんだよぉ」てね。
冗談が冗談に聞こえないほど、いつの時代も危うさを秘めている。
 ところで春に大島を出た踊子等が秋に主人公の学生と出会うまで、
何処をどう旅回りをしていたのだろうか?旅情が尽きないのである。      続く

 その 496 NHK行 2006年12月23日
前略 伊豆大島といえば、横浜に居た20代後半の頃に、何はともあれ出掛けた事がある。
無性に温泉でのんびりしたくなり会社を休んで東海道を下った。
途中で小田原城を見学して、近くに小さな観覧車があったのでそれに乗って天辺からも城を写した。
その時小学生の女の子と同席になったので、
写してあげようかとポラロイドを構えたが、いいと言うので止した。
 そして何故か熱海、伊東を通過して稲取温泉で一泊したのである。
散歩で海岸線の堤防に座って海を見ると島があるので、
あの島は何ですか?と旅館の人に聞いたら大島ですよと言い、
ジェット船で直ぐですよと言うので次の日に出掛けた。
 島だけにでっかい青空が四方から目に映り、今までにない開放感があった。
南国の植物も一杯で動物園もあり、簡単な囲いの中にダチョウのような鳥が放し飼いされていた。
 その一羽が妙に鳴いてくるので、ドナルドダックの声色で話しかけると、
向こうも乗ってきて長い間歩きながら話していた。
近くに誰も居なかったが、かなり白熱した議論を闘わしているように見えたはずで、
変わった鳥であり、可笑しな観光客である。
 そこから海岸線沿いに下って歩いていくと行者窟という洞穴があり、恐る恐る行ってみた。
現在は落石があり通行止めのようであるが、私が行った時も通行止めであった。(笑)
いちおう賽銭を投げ入れ、手を合わせてきた。
 伊豆の踊子の事はすっかり忘れていたが、おみやげ店でコケシを見かけたような気もする。
何よりも流人コケシというのがあって、たとえば達磨さんの素材に顔を描いて、
乾くか乾かない内にその顔を手で撫で廻したような髭ぼーぼーな顔立ちをしている、のが流人コケシである。
こんな所で、♪生きていたとは、流人さんでも気が付くめいーである。
 私は小さな御縁(五円)コケシというのを買ってきた。
木の枠に五円玉がはめ込んであり、その五円玉の穴の中に小さな可愛い男女のコケシが並んでいる、
御縁があるようにというコケシである、この頃から願望はあったようである。
その御縁コケシは五円玉を抜いて少しレイアウトを変えて今でも持っている。         続く

 その 497 NHK行 2006年12月30日
前略 10/31 「「「 スペースキャット続報 」」」
昨夜未明、もっこり岳西、こんもり山近くのふんわか高原に落下した隕石に、
驚くべき事実を発見。
なんと猫の化石が混入、尻尾から耳までほぼ原型をとどめ、
チュートリアル中央委員は、恐るべき猫パワーと驚嘆の極み。
チューチュー委員は、べそが一枚絡んでいるのでは?との声も。
なお、ふんわか高原は消えてなくなりました。
 写真公開はチューチュー委員の分析後
デザートストーンのスペースキャット」と銘打ち、施設が整い次第公開予定。
その前にべそからのプレゼント。
12/21 そんな事があっていいものだろうか?
しびれを切らしたべそが、異性人からのメッセージを独自に解き明かしてしまった!!
やはり、ただねこではなかった。 ついについに待ちに待った大展開。
やはりデザートストーンの化石から何かを?
今年のクリスマスプレゼントは凄い!! ジャジャジヤーン。
25日夜に大公開。 べそに期待。
12/25 あれっ?
べその奴、猫語に訳しやがった・・・・・・・ってか?

私  「べそ君、一体どうなってるんだい?」
べそ 「ニャン」
私  「猫語で訳されても困るんだわ」
べそ 「ニャン」
私  「って、そうくると思ったので、」
べそ 「ニャン」
私  「自分で訳しました」
べそ 「ニャンニャン」
私  「こうなりました」
べそ 「ニャン」

世界一周して来た猫は、
近所の散歩も怠らない。
すぐに尻尾を振るイヌ、
笑いながら引っぱたいても、
はたして尻尾を振るだろうか?
だってそうだろう。
蛙ののど袋がパーンと破裂しても猫は驚かない。
そしてそれが猫の喉を通過している時でさえ。
猫の耳にはシールは貼りつく。
しかし内側のつるつる面には貼りつかない。

べそ 「ニ・・ャ・・・・・・・・・・・・・〜・・・・・・・・・・・・・・・・ン」
私  「・・・」
べそ 「ニャウ ニャウ ニャウ ニャウィニング
    ニャウ ニャウ ニャウ ニャウィニング
    ニャウ ニャウ ニャウ ニャウィニング
    ニャウ ニャウ ニャウ ニャウィニング
    ニャウ ニャウ ニャウ ニャウィニング
    ニャウ ニャウ ニャウ ニャウィニング
    ニャウ ニャウ ニャウ ニャウィニング
    ニャウ ニャウ ニャウ ニャウィニング
    ニャウ ニャウ ニャウ ニャウィニング
    ニャウ ニャウ ニャウ ニャウィニング
    ニャウ ニャウ ニャウ ニャウィニング
    ニャウ ニャウ ニャウ ニャウィニング」

私  「べそーっ、待ってくれーっ」

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