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2001年〜

その 172 NHK行 2001年1月2日

ライラックの木の下で 歌詞

その 173 NHK行 2001年1月8日
前略 お城巡りも目的の一つだったので、旅の途中で、城のある土地を見つけては下車を
していた。
松山では腰を下ろしていたので、後回しになっていたが、なんと下宿のすぐ近くにあったのだ。
 大街道をぬけて商店街の裏手に、見上げるような小山があり、リフトが延びていて、いつも
「なんだベ」と思っていたが、地図で調べるとお城マークが付いていたので、さっそく登った。
樹木を掻き分け、緑多いそこにお城があり、良く調和していた。
小倉城はお城だけがお城らしくて、あとは公園のようであった。
 石垣があってお城がそびえていると重奏感・重量感があるのだが、実は石垣の中は
スペースがあって、そこから良く肥えた巨木が四本、真柱として天守閣まで貫いているのだ。
 中学校の修学旅行の時、櫓であったか、お城であったか、こじんまりとした建物に
入ったのだが、その階段の勾配のきつさに度肝を抜かれたのを憶えている。
言うまでもなく、戦に備えるという準備がこんな処にまで影を落としているのだが、当時は
落ちて怪我したらどうするの、で頭が一杯であった。
黒澤監督の作品にもこの勾配を強調したシーンが何度か出てくるが、こちらは臨場感が
細部にまで行き渡っている、といったところだろうか。                     草々

その 174  NHK行 2001年1月12日
前略 メール返信。 その13
●意味不明。
★盗作にたいしての抗議をHP上で公開しています。 あなたの耳に否応なく聞こえて来る
メロディーのほとんどが盗作曲です。 その時代にあって作曲者名など誰でもいいなどという
人はいないでしょう。 それこそ盗まれた時代です。 それがいるんです、それが日本の音楽
業界です。 かなりの事が分かりますので是非、アクセスして下さい。
●男の手から〜の続き切れていたので送ってください。
私のケータイなんで、途中できれちゃうんですよね!だから、途中から送ってもらえませんか?
★盗作に対しての説明を求めてすら無視され、挙句はテレビぐるみで盗作を遂行。 いわば
社会面を地でいっている、時代の象徴でさえあります。 とどのつまり、より多くの人に現状の
一部始終を伝える身であり、真実の露呈は承知の事と察しています。 特別、特急な報道として
受けとめ、是非アクセスして下さい。 業界の姿が見えてくればメールの答えになっていると
思います。
追記 イラスト、キャットで二ャン・ライブラリィとともに現在進行形で進んでいます。
●とても興味深く拝見させて頂きました。 これから、何を信じ何をするべきか?すごく考え
させられますね。 日本の国民性にも問題があるのでは?マスコミの言う事を鵜呑みにし、
総理大臣はコロコロ変わり、お金があるのに不景気だからと使わない。 それじゃ経済が成り
立たない。 それが解らない国民なにか変。 今回の事も泣き寝入りで終わるのですか?
そうであれば何も出来ないですが、残念でなりません。
★メールどうもありがとう、励みになります。 なにせ怒りに任せて解決しようとすれば、向こうの
思う壺というほど手におえない人達なので、まず創作者であるということを忘れずに、焦らずじっくりと
進めています。 その後の展開に注意していてください。                     草々

その 175  NHK行 2001年1月14日
20××年。 いわゆる3日後。
 【速報】
「月のそばには星があり」 「さのよいよい」 「月はそれほど見ちゃいない」 「さのよいよい」
アナウンサー  地球接近時の怪電波をスーパーコンピュタで解析、例の地上メッセージから
         逆シミュレートで、はじき出したニュアンスだそうですが、どう見ますか。
解説者  スーパーコンピュタといってもプレステ]ではねぇ、前身がゲーム機でしょう、丘に
     登れば、たいがい月は見えるだろう、ってところでしょうか。
アナウンサー  現在、日本政府に新たな要求を突きつけられています。
         防衛軍からは、マスターテープの提出。男性の身柄確保。新たに国連からは
         ソニーの音楽レベルからの撤退要求。対応はどうなんでしょう。
解説者  相変わらずです。
      何物かによってすり返られて、そのままCD化してしまった、だそうです。
アナウンサー  緊急事態をどう受けとめているのでしょう、どうしてそんなにこじれてしまうの
         ですか。
解説者  独自に解析をしているようです。
     余談ですが、社内でパートのオバちゃんに笑われた後、蹴躓いてツムジを曲げ、
     ムクレっぱなしで、ほっといてくれ、を打診し続けているそうです。
アナウンサー  困ったもので………。
 【速報】
アナウンサー  速報が入ってきました。
         NASA宇宙局によりますと、たった今、太陽系隣接点で、メッセージの金属音
         らしき電波をキャッチ。
         繰り返します、たった今、太陽系隣接点で、メッセージの金属音らしき電波を
         キャッチ。
解説者  たぶん見返り笑いでもしているんでしょう、それにしても三日で太陽系圏外とは、
      早いですねぇ………、早いのか遅いのか、それともメッセージの一部なのか。
アナウンサー  クスッ。失礼しました。
解説者  偶然に偶然が重なったとしても、やはり宇宙資源としてのマスターテープの提出が
      待たれます。
アナウンサー  二転三転するなか、より正確な情報を期待したいものです。
          総本部どうぞ。

その 176  NHK行 2001年1月19日
前略 昨年の暮れの話だが「今更何を言っているんだ」という声が聞こえて来ていた。
 盗みばかりやっていると、このような返答になるのだが、つまり「痛がるおまえが悪い、
痛がらなければいい」という、盗まれるおまえが悪いという事なのだ。(その 27)
バーチャルにでも置き換えないと、とても進められない問答である。
それでもあえて言うが、どこの世界に盗まれる為に作っている作曲者が居ると言うのか。
 何10年も前に、あえて音楽談義ではなく、目の色を変えている業界の耳の穴の奥底まで
届くような端的な言葉で伝えているのだ。(その 45)
 吉田拓郎という、音楽業界の鏡のような人物がいる。 この人は曲ごとくれてやるという、
音楽業界にはなくてはならない太っ腹人間で、おかげで馬鹿でも作曲者になり、その数も増し、
かっぱらいの基盤を作った一人である。 しかし誰の作品をしっけいして基盤を作ったのかは
言うまでもない。 こういう人間が音楽業界に一人でもいると音楽の前途は多難なのだが、
まず、自称作曲者も含め千人に近づこうとしている。 消えていった新人、数知れずであろう。
 自称10年・20年やっている作曲者が、曲をあてがわれてホイホイ食いつくのは、
逆回転という馬鹿でも作曲者になれる危ない遊びに手を染めているからである。
 私は業界内部を調べた事はないし、知りたくもないのだが、前記の如く滅茶苦茶な事を
やっているので、編集をすれば近代落語全十巻にはなるのではと思案しているのである。草々

その 177 NHK行 2001年1月24日

女の子 歌詞

その 178  NHK行 2001年1月28日
前略 メール返信。 その14
●なんですかこれ?よくわかんないけど後半が切れていてなんか気になるんですけど・・・
●えっとねー〓サイト見ようにもIモードで見るには容量デカすぎんの!すぐ移動するしっ(怒)!
●せっかくメールくれたのはありがたいんですが、当方大馬鹿野郎のため理解できません。
メルアド書かれても、けーたいだからみれない(悲)もうしわけない。
●i-modeなんで途中で文字切れてるんですが?
☆携帯でメールくれてHPを見るのにお金かけてくれた方、領収書を取っておいてください、
いずれお礼をします。
●よく解らない。 僕に、送られても。 君の、目的は何。 寂しいのか?
何か、訴えいるのは、分かる。 心にある全てを、話してごらんよ 聞くから。
★聞いてください。
 真実を、しかも自身をもって伝えると言うことは、とても大事なことのようです。
 混乱が予想されてもそれが正しい道なら進むしかありません。
歴史をみてもわかるように、真実をもって混乱から秩序へと導かれています。
 盗作という、ファンに対してこれほどの裏切り行為はないでしょう、これがやすやすと
行われているのは業界の体たらく以外ないのです。
 人は退屈な時、テレビを付けますが、これは慣れであって、では、本当に退屈な時、
自分は一体何を始めようとしたいのか、見えてきません。 この両者間の慣れの
甘さもさる事ながら、付け込んでいるのが業界の実態です。
扱っているものがものだけに悪質であり非人道的な行為です。 そんな現状を見たり、
感じたりした事をHPに載せています。 是非アクセスして感想を聞かせて下さい。草々

その 179  NHK行 2001年2月3日
20××年。
BRRRRRRR。
………雀の羽音が聞こえたな………。甲虫がやけにぶつかって来る………。
この町も素通りかい?
―いや、この町は思い出がある。
ほぅ………。
―この町のツララはとびきりでかくってさ、マシンガン代わりにして遊んだもんだ。
はっはっはっ………おぉ寒そ。
―根雪になって、一段落すると暖かな冬もやって来る。
―花嫁の一行に出合って………雪景色に純白の衣装で綺麗だった。
今なら奪っちゃうかい?
―ふっ………。
見ろよ、向こうの空、妙に騒がしいぜ。
―そうか、奴等か。
奴等だ。奴等、チョーキングで弦切っちゃうんだぜ、たかが知れてるぜ。
―ふっ………。
………
なんだ、やっぱ素通りじゃん。
―いや………、そうでもなかった。
チューニングだったかな?いや?やっぱチョーキング?いやチュー………。
BRRRRRRR。

その 180  NHK行 2001年2月6日
前略 メール返信。 その15
●なんだか不特定多数なのか、わざわざ選んでいただいたのか不明ですが、メールの内容からして、
スパム行為(宣伝行為?)にも思えます。 ご注意願いたいと思いました。 さて、とは言え、なにか
音楽のことということなので、ちらっと覗かせて頂きました。 この反応を待っていたのかもしれませんが、
あえて、その術中にはまろうかと思います。 で、盗作の件ですが、一応、私も、営利目的では
ございませんが、オリジナル曲を作っています。 万一、自分の曲が盗作されたのであれば、もちろん、
それ相応の対応を取ることは言うまでもございません。 ひとつ、気になったのは、盗作を決め付ける
には早合点かな?とも思いました。
★たとえばクラスの半分以上がニセ学生だとしたら、しかも容認されているとしたらあなたは困るでしょう、
だってニセ学生は必ず徒党を組みますから。
●私のオリジナル曲はもちろん【盗作ではありません。】でも、聴く人によっては【盗作では?】と思われる
可能性もあります。 音楽の世界では周知の事実で、ご存知かもしれませんが、クラシックで言うなら、
ロマン派の時代(1900初頭)までに、旋律は出し尽くされたという見方もあるようです。
★たとえば三拍子と四拍子の繰り返しの曲を作りなさいと言われれば、私は作ります。 創作というのは
誰もやった事のない、誰も踏み込んだ事のない世界の連続ですから。
●ということが事実であれば、やはり、現存する曲の旋律はそれまでの焼き直しに聞える可能性も
あるわけです。 盗作には盗作するという意志が働いて成立します。 極端なことをいえば、まったく同じ
旋律でも、作曲した本人が、その曲との接点も、意図的でなければ、それは盗作とはならないはずです。
 周りはそうは思いませんが・・・・。
★少し絞り込みますが、この曲Aはこの曲Bのマネだと言われても、この曲Bが焼き直し曲であれば、
目も当てられません。 それがこの曲Aの焼き直し曲となれば馬鹿の一言です。 そういう、あっては
ならない事が行われています。
●よって、私の言い分も推定の域を越えていないことも事実ですが、貴サイトの内容も事実かどうか、
不明な点多く、最悪、中傷サイトにも思われる節も指摘させて下さい。
★それが業界から指摘されないのが不思議でしょう。
●本メールの内容は、貴殿にとって辛辣な部分もあるかとは思いますが、不躾にも、私にメール送付した
所以の出来事であること理解して頂き、真摯に受け止めて頂きたいと思います。
★メールをくれる方は半信半疑の繰り返しでかまいません。
●最後になりますが、かと言って、私は、プロの作曲家とか、盗作している本人とかでなく、一般平民です。
★もう少しじっくり読んでくださればかなりの事が分かります。 是非、また意見を聞かせて下さい。 草々

その 181  NHK行 2001年2月9日
前略 会社のパートのオバちゃんの会話では、昨年のレコード大賞はサザンが
選ばれたとの事だった。 インターネット喫茶に一度入った時に、流れていたが
「人のメロディラインにばかり入っているから、馬鹿な事ばかりやっている」という
感想をもった。 ここで業界の内側が見えてくるようなエピソードを紹介したいと思う。
 サザンが、いとしのエリーを発表した次の作品の歌詞が「女、呼んで、揉んで、
抱いて、いい気持ち、女なんてそんなもんさ」である。 近いところではプライドの後、
布袋の歌詞が「抱いて抱かれて誇りに思う」である。 別に歌詞をうんぬんしたいの
ではなく、むしろ、何を言っているのか分からないような歌よりも、聴いたような気が
する、このような詞のほうが私は好きである。 何故、このような、ちぐはぐな事が
おこるのかというと、つまり作曲者名は同じでも作曲者が違うのである。 後者が
彼等の肉声なのに対して前者はレコード会社内部の手によるものなのだ。 もっと
詳しく言うなら、ビクターの方は逆回転の逆戻しであり、東芝の方は、ほとんどコピー
であり、いずれも私にとっては、重要な位置にあった曲である。 ビクターであったか
定かではないが、ミュージシャンなど鼻で扱っていると匂わされた事があり、おおむねどこもそうなのだろう。 
逆回転が大手を振ってまかり通っているから、どこの会社も、アレンジャー崩れのような社員を抱えていて、
「安く叩いてぼろ儲け音楽」に走るのである。 そういうシステムにしてしまっているから、
仕舞いにはめん玉テレビが言うように収拾がつかなくなり、
作曲者をしり目に盗作曲をもって威厳を示したりしているのである。
 つまりは「会社の方がいい曲を作るのだから、おまえ達は言われたとおりに動いていればいいのだ」と言う事なのだ。
 音楽は音楽を愛する人達の、より身近なところから生まれてくるものなのであり、
決してレコード会社から想像されて発信されているのではない、
と言う事を伝え、音楽を志す人は自身をもつようにと進めたい。                              草々

その 182 NHK行 2001年2月14日
前略 メール返信。 その16
●バンドやりたいひとにまわして(URL付き)
●みんなに宣伝!(URL付き)
●誕生日!祝いの言葉をくれ〜!(URL付き)
★「飛行機はエア・ドゥが安い!」
「アイ・ドゥ」なんちゃって
おじさんは忙しいのです。
おめでとう。
●なんですと?
★なんですと? ですけど、CMか何かでみましたけれど思い出せなくて、何だったかなぁと、
そうこうしているうちに、それが方言だとしたら別に思い出さなくてもいい事で、ですからHPも、
なんですと? ばかり伝えていますので是非アクセスしてください。
●だが地球防衛郡の作戦は失敗に終わり、この世は滅亡したのであった。
★違います。悪は滅び、正義が勝つ、です。
それにはあなたのアクセス支援が必要です。
続きも載せています。
(サポートセンターよりダイレクトメールでの注意を受信。メール送信一時ストップ)        草々

その 183 NHK行 2001年2月19日
シャムプーがないプー (1977年)

一、

黒い髪で隠してる

おでこをポンと叩いて

裸になったのは良いけれど

大変!

シャムプーがないプー


二、

長い髪を手の中で

結んで繋いでおリボンを

遊んでいるのは良いけれど

大変!

シャムプーがないプー


三、

お風呂の小窓をチョット開けて

両肘ついてどうしょう

お月さんは良いですね

つるんつるん!

シャムプーがないプー


四、

月の光のこんな夜

悩める乙女の声聞いて

ロマンとシャンプー高らかに

おかぁさん!

シャムプーがないプー

ないプー ないプー

その 184 NHK行 2001年2月22日
前略 この間からコンビニの壁にモーニング娘(ソニー)のベストCD発売が掲示されていたが、
今日は公表発売中となっていた。
その間、私の周りは騒がしかったが、その中で「腐っている」というのが聞こえてきていたが、
それが一番、的中していて的確であろう。
 私はこういう会社を何十も、自称作曲者を何百も、まのあたりにしている身なので、あえて
言うのだが、腐れ会社と言われ、見下されたくなければ、お仲間の一つにはならないことだ。
 ベストといえば、ベテラン歌手が何年も唄って、たどり着く境地であるが、ほんの2・3年の
子供が何故にこのような、ちぐはぐな境地にあいなるのか。
自称作曲者を千人抱えているか、盗作しているか、どちらも同じではあるが、女・子供・
若者を騙せても、騙せない者にとっては不快感が膨らむいっぽうである。
 レコード会社を五つも六つも持っていること自体、私は異常だと思うのだし、
それがビジネスと切り捨てるには余りに幼稚である。
「社長さんもイェイェイェ」と唄っているから言うのだが、技術屋が百人いて、
社長が一人なったとしても技術屋は技術屋である。
生まれた時から社長てある訳がないのだから、どこかで演技が必要になってくるのだが、
演技負けをしていると、こういう結果になるという事をこれから大いに語ってもらう。   草々

その 185  NHK行 2001年2月25日
前略 小倉での一人ぽっちの正月は壱岐島で過ごしていた。
博多からフェリーに乗り、タクシーの運ちゃん経営の民宿まで行き当たりばったりの道程であった。
 実はこの時、すこぶる体調を崩していて、博多で一泊したほどなのだ。
それでも前へ進んだのは、出ずっぱりな旅の途中であったからか、讃岐と壱岐とを読み間違いを
したなどという事なのか、それにしても変な下痢であった。
 「旅人は同じ道を通らない」というのがあって、私も憧れたものだが、こうも陰謀渦巻く世の中では
無理というものだが、それでも作品作りの心構えとしては、随分活かしたつもりでいる。
 こういうセンスを磨いていると、たとえば、いずみたくと浜口庫之介は、ほとんどメロディラインの
センスは同じだが、全体を通して見ると幾分浜庫の方が音符が長い、などと見えてくるのだ。
 それ以上に汲み取るものも無いのだが、勿論彼等の時代にあっては共食いやら噛み付きあい
などはなかっただろうが、現在においては、私の作品を外した彼等の作品を分析してみるのも
いいだろう。
もっとも分析できるくらいなら盗作などしないだろうが。(浜崎ベストアルバム、発売決定 ・
涎流るるが如くである)
 民宿では一人ぽっちで、ギターもなかったので、日本海に面した窓際でボケーッとしていた。
私はよくギターの音を止めてはボケーッとする性質なのだが、それも抗議文を提出するまでで、
今はそれもなくなった。 つまりボケーッとする事もできなくなったという事だ。        草々

その 186  NHK行 2001年3月2日
前略 十代の頃、夜勤の仕事を抜け出し、星空の下であぐらをかいて、日本のロックをどう組み立てるべきかを、
真剣に考えていた。 勉強でも遊びでも悩んだ事もないのに、星空の下で、腕を組み直したりして、
そんな自分がくすぐったかったが、ロックにはそんな魅力があった。 当時はツェッペリン・ディープパープルが
全盛で、サウンド重視であったから、尚更であった。 兎に角、日本語というのはロックにはノリが悪いのだ。
で、考えついたのが、歌詞をくずして唄うとか、アイヌ語で唄うとか、笑わないで下さい、当時は真剣だったのです。
やっぱアメリカへ行こうという気になって、そこから旅が始まったのだが、その旅の産物。
 赤いサンダル つっかけて プイと出たきり一生過ごす
色んな事があるだろう けれど とにかく サンダルで

 赤い果実 まるかじり 甘い蜜が飛び散って
ついでにサンダル磨いちまって むやみ やたらと 凄んでみる

未完ではあるが、かなりのスピード感でノリがあるでしょう。
雨だれイン レイン レイン 街に降って来たウン タウン タウン
どちらも力不足で未完のままだが、こういう企画は大変で、もっとシンプルな世界に駆り立てられたのを憶えている。
後年、チャック・ベリーの詞を読むと、とてもシンプルで、私が何年もかけてたどり着いたのに、この人はデビュー
当初からスタートしていて、さすが自由の国と唸らされた。                               草々

その 187  NHK行 2001年3月5日
前略 「いいなぁソニーは、盗作も視野に入れてるから夢が広がってぇ」
大人しめの同業者からそんな声が聞こえてきそうだが、格子戸の硬い壁に一人たたずんで、
BGMに盗作曲でも流れてくる図を想像したら、止めといたほうが良かった、などと思っている
人もいるのではないか。
 音楽という特殊な事情の解説をふまえて、視点を変えて見れば、ソニーのやっている事は、
日本中に己の会社の馬鹿さ加減を自ら宣伝しまくっているようなものである。
 「どこも同じだよ」と言うから「何時まで甘えているのだ、世間や作曲者に(その16)」に対し、
「確かに甘えていた」であり、脈が無いと見るや、更に、手に入れてある曲を立て続けに
発表しまくっているのだ。
彼等が集まり、取決め、決定している事など、犯罪の対象である。
 クラプトンが、あまりに商業的すぎるとバンドを脱退したエピソードがあるが、やはり
ミュージシャンの側から絶えず警笛を鳴らし続けなければならないのだし、作曲者の出現そのものが
音楽そのものを意味深いものにしていくのだろう、たとえヒットに結びつかなかったとしても。
 70年フォークブームの時、大塚博堂(夭折)という人がいたが「聴こえてくるのが音楽ではなく、
唄っている人が音楽なのだ」と意味深な言葉を残しているが、彼にとっては出来る限りの表現で、
音楽シーンを語ったのだろう。
 フジテレビのコールデン番組の放送中、電波を止められるという事が起こったが、それは
視聴者へのお願い以前の問題で、業界というのはそんな事ばかりやっているのであって、
音楽ファンの方もどうかご理解を。                                 草々

その 188  NHK行 2001年3月10日
春は風に乗って (1974年)

一、

いつも私の 隣にいるようで
地球の裏側で 埃を立てている
帰って来た素振りも 見せないで
私に横顔だけを 見せる
煙草の煙だけが気楽な 雰囲気

言いたい事なんて言えない
知らん振りなんて出来ない
私 風が好き


二、

いつか私の 隣に来ていて
不思議な幸せ 届けてくれる
鈴蘭ぴゅーと鳴いて 過ぎれば
私にもう一つの 幸せ
読書の人が笑って 挨拶

言いたい事なんて言えない
知らん振りなんて出来ない
私 花が好き


三、

いつも私と 歩いているようで
ブラウスの両袖を 摘んで捕まえた
胸の中何かを しでかすか
私が心配だから? だから
私と私ではない 確かさ

言いたい事なんて言えない
知らん振りなんて出来ない
私 風が好き
私 花が好き
私 彼が好き

その 189  NHK行 2001年3月15日
前略 「あみ・引退」賢明な選択であり、周囲にまともな人間がいる証拠です。
 現在、非常に危険な状況にあり、子供を預けているご両親は一度、家族会議でも開き、業界の事、
将来の事などを話し合ってみるべきです、私にはそこまで頭が回りません。
 なにせ代表曲はおろか、十五分・三十分というロングバージョン曲からでさえ食い散らかすという
悪あがき状態ですから。
 私の作品を持っているという事自体が罪な事なのに、仕事熱心からか、聴き尽くして聴き尽くして、
気がつけば盗作しているという落語状態です。
 ロングバージョン曲はロングバージョン曲からでしか生まれてこないのであり、歴史を変える事は
禁じ手である。
 1,000組のバンドに「自分等のベスト曲以上のものを他人に書き下ろすかい」と聞いてみて、
最後につんくとやらに尋ねてみるといい。
そんな、すぐにバレるような夢物語に操られていないで、現実をしっかりと見据えることだ。
 中学生の頃、悪いことばかりやっていて生活担当の先生にこう聞かれた。
「悪い事と思ってやっているのか、悪い事とは思わずにやっているのか」。
はいと答えると悪党になってしまうし、いいえと答えると馬鹿であり、返答に戸惑った事がある。
しかしそんな言い訳が許されるのも未成年者まで、とは言えなくなってきている現在、夢を売る商売、
の場から荒稼ぎの場になって、もう随分になる。                            草々

その 190  NHK行 2001年3月21日
前略 作曲の事も書いておこうと思うのだけれど、何時までたっても、まとまりが
つかず、困った状態ではあるが、聴いてもらうのが一番いいのであって、中村
あゆみ・松任谷由実・徳永英明などは、八十五年頃のもので、奥田・スピッツ・
槙原・プリンセス・プリンセスなどは、九十年頃のものでと………、馬鹿げた状況
ではあるが、大切なのは音楽の変遷であって、個人の立場ではない。 往年の
ファンにとってはショッキングな話ではあるけれど、この世に、男と女と、そして
レコード会社が存在する限り、永遠不滅の合言葉が蘇る、「騙したのね・騙し
たのか」なのである。 いずれ個々に全容を明らかにしてもらうしかないのである。
渡辺プロの女社長も言ってたように、「家の娘は芸能界には絶対入れません」
なのである。 レコード会社間では逆回転曲などは日常茶飯事であり、実益の
割には実績が伴わず、スポイルの要因でもあるが、外国から新譜が流れてくれば、
たちどころにどこかで、歌謡曲になってしまうのである。 そこに日本から作曲者が
出現すれば、もう笑いが止まらないと言うほど、はしゃぎまくり、ようするに人様
(外国)のご厄介にならずとも済むからであり、何かにつけ都合がいいからなのだが、
如何せん、この作曲者はあまりにも御立派過ぎる為に、事の顛末を求められる
結末を向かえる事と相成ったのである。 作曲法など難しく考える事はないのである、
黙ってたって似てしまうのだから、黙らずに真実をずばずば唄いきればいいのである。
であるから名曲というのは的を射ているのだ。                    草々

その 191  NHK行 2001年3月27日
前略 3年ほど前だっただろうか、会社にネットスケープソフトのシュリンク(ビニール包装)の仕事が
入って来た。
当時は何のソフトなのかも分からず、パソコンの現状も、その前後さえ、余りつかめていなかった。
 東芝が販売権利を三億で買い取り、叩き売りのような勢いで全国に流れていったが、インターネット
エクスプローラーと競い合っているとかで「そりゃもう大騒ぎさぁ」であった。
 うちの会社だけで九万個近く出ていっただろうか、最初の発送の時は、受注会社やら、パートやら、
学生アルバイトやらで総勢五十人位で進めていった。
というのも作業内容というのが、セットして、シュリンクして、梱包して発送という手順を踏むからである。
 CD、CDを固定するスペーサー、マニュアル、ガイドブック、登録はがき、案内シール、化粧箱などが、
各々会社に入って来て、ここで始めて商品の形にセットされる訳だが、「そりゃもう大騒ぎさぁ」であったから、
私などはマニュアルの包みを開いているだけで日が暮れていった。
しばらく経った頃、IEが無料配信を始めたとかで一段落していったが。
そろそろパソコンも始めないと乗り遅れるかなぁと意識しだした頃である。
 私は未だにフレーム内の文字というのが苦手で何時もせっかちに読んでしまうのであるが、
エクスプローラー風というのもかなり認知されているので、いかに細く、薄く、フレーム内を浮き上がらせて
見せるかが、これからの課題ではないだろうか。                             草々

その 192 NHK行 2001年4月1日
スペリオパイプ (1981年)

一、

急いで帰って しまったあなたに
言い忘れた言葉が 口を尖らせる

(スペリオパイプ)
あなたの家は分からない
(スペリオパイプ)
忘れ物箱へ入れて

春休みが終わるまで 鳴らないけれど
私が一つ 鳴らしたよ ピーィ





二、

あんなに急いで 帰ってしまって
もっと大切な物 落としてないかな

(スペリオパイプ)
あなたの家は分からない
(スペリオパイプ)
忘れ物箱へ入れて

春休みが終わるまで 鳴らないけれど
私のパイプ 鳴らして帰ろう ピーィ





三、

後ろから駆けて来て 追い越して行ったよ
スペリオパイプ 手にしっかり握って

(スペリオパイプ)
あなたは気がついてくれた
(スペリオパイプ)
私が見つけてあげたの

何処か近道を してきたらしい
そしてもう一度 駆けて行くよ ラララン
一度止まって 鳴らしてごらん
急いで帰ってしまっても
言い忘れた言葉聞こえて
言い忘れた言葉聞こえて
言い忘れた言葉聞こえてくるかも

その 193 NHK行 2001年4月7日
前略 小倉荘の近くに、路面電車が通っていて、その並びに貸し本屋があり、
そしてついに入ってしまった。 というのも、その頃はいつも頭の中に三つ・四つは
作りかけのメロデイがあり、何はともあれ優先していたからなのだ。
 一度、鬱陶しいと感じ、みんな仕上げてしまった事があるが、その後に、
創作の感触が掴めず、一億年の孤独を味わったことがある。
作曲というのはそういうものだと体で感じ取ったものだ。
 HPに女の子の詞ばかり載せてはいるが、これで女子高生の心を一気にぎゅっなどとは
27年前から現在まで考えたことは一度もないし、そんな余裕さえなかった。
イメージがあって、それにより近づける為の表現方法として自然にそうなってしまうのだ。
 ともあれそんな心配をしながらも毎夜、何冊も劇画を借りては読みふけっていた。
貸し本屋自体が始めての体験であって、コーラと塩せんべいと漫画があれば、一時の幸福であった。
 ある夜、貸し本屋に中学生位の女の子と弟と二人で来ていて、
その可愛さに私は棒立ちになって眺めていた。 テレビも無く、友達もいない生活の中で、
そんな出来事だけが何時までも記憶に残り、懐かしく蘇る。
 それから何ヶ月か経って、和歌山でガロとの劇的な再開を果たすのだが、その話はまた後ほど。草々

その 194 NHK行 2001年4月13日
前略 HPを開設して4月4日でちょうど1年になる。
始めの頃は訴えをストレートに出していたが、分かりづらいという声もあって、
徐徐にそれを補う形になっていっただろうか、自然の流れだと思う。
 こちらに落ち度はなく、勝手に盗んで、勝手に儲けて、勝手に盛り上がって
いるのだから、手がつけられないのだが、そろそろお開きになるべき時である。
 注意している矢先の出来事だが、三菱石油のCMで流れている歌い手の名を、
この頃、ようやく載せるようになった。
トリを務めるのはやっぱり三菱かと、実際、親会社(ソニー)がぐずぐす言っている
事自体が、空恐ろしい仕組みだと思うのだが。
 業界にしろ、私にしろ、究極的な事であって、「ひだまりの詩・フジのドラマ
挿入歌」の曲を作ったとかいう日向氏のように、早早に引退を告げて消えていっても、
未完の作品は何処にも逃げられず、何時までも、業界にしろ、私にしろ究極へと
追いやるだろう。
 三菱研究所のスタッフが世界的大発見をしたとかテレビでやっていて、水溶液を
回転させただけで人間を形成する細胞の物質が検出されたとかで、その後の話では、
単にゴミが入っていたのではないか、であった。(詳しい人、メールで教えて)
いわゆるブランド調のしらべとやらに我々は悩まされ続けるのだろうか。
 音楽世界には無縁の世界とタカをくくっていたが、まさか、指を曲げ始めるとは
お釈迦様でも気がつくまい、である。
主導権よりも指導権を身につけてほしいものだ。                 草々

その 195 NHK行 2001年4月20日
前略 「パソコンを購入したのが2年前で、今年の9月でちょうど2年目になる」
などと書き出すと、デジタルっぽくないだろうか。
デフラグのクラスタの移動などを連想して、そんな気がした。
 ふらっと出かけて行ってパソコンを購入してから、プリンター・スキャナー・
CD-R・サブノート・MDラジカセと必要に応じて取り揃えてきた。
 仕様の方は必要最小限に留まっているが、それぞれ役割を充分こなしていて
機械オンチの自分としては先ず先ずなのである。
 インターネットの方はそれほど利用しないだろうと思って、たいしたプランには
入っていなかったが、ここへ来てサーチ登録なので頻繁に利用するようになって、
むしろ繋がっていない事のほうが不自由に感じ、フレッツADSLにプラン変更
してしまった。
これで毎月の通信料が半分以上安くなる計算なのである。
それならもっと早くにと思われるでしょうが、ですから私は機械オンチなのである。
 これで何とかLAN接続にすればサブノート(一番安いの)の役割も生きてくると
いうもので、未使用のMEをインストールもしてみようかと思っている。
 DVD付きノートを2度も逃していて、それならちゃんと調べてと思われるで
しょうが、ですから私は機械オンチなのである。
外付けDVDを買おうか迷ったが、映画ばかり見ていて怠けてしまってはと、
今しばらくは我慢なのである。                           草々

その 196 NHK行 2001年4月27日
夕焼けの悲しさ (1975年)

一、

オーケストラの指や腕が
次々と鳴り
余りよく知らないで
聴いてるの
その人も何んにもしないで
私を…私を…
見ている気がして………

何んにもしないで黙ってて いるだけ
何んにもしないで黙ってて いるだけ
ただ一度だけシンバルを見事に
染め上げて



二、

夕焼けは膝の上で
目覚めた夢
まだ眠りのカーテンが
揺れていて
泣きながら母の胸にうずめたの
夢の…夢の…
続きはそのままで………








三、

ピアノには積み木が流れ
でももう崩れそう
あの時に乱れた髪も
そのままで
カーテンの向こうになるのね
顔も…胸も…
シンバルの響きも………

内緒で愛したら涙が 止まらない
内緒で愛したら涙が 止まらない
ただそれだけの事で信じたの
馬鹿な私
内緒で愛したら涙が 止まらない
内緒で愛したら涙が 止まらない

その 197 NHK行 2001年5月2日
前略 昨年の後半は北海道の実家を5往復もして、私事だが忙しい日々であった。
懐かしい人達とも久しぶりに逢えて、歳月の確認をしあったが、そんな中で「ずばり、
作曲法は?」と聞かれた。
長い間で逆回転曲を促された事はあっても、作曲の話は皆無であったし、
あまり深読みする性質ではないので、「世界でただ一つの自分の曲を作るように」と薦めた。
それは「とても素敵なこと」と受けとめるか、そう受けとめないかでは、その後が大分違ってくるだろうし、
思えば十代の頃に、東京の学校に行っていた一つ上の兄が休みで帰って来た時に、
作詞・作曲をやっている事を告げ、聴かせてくれもした。
私は「世界でただ一つの自分の曲を作るなんて、なんて素敵な事」と感激し、言葉にもした。
当時はシンガーソングライターブームであったが、身近な者が作曲をしていて、そんな感想を持ったのだ。
兄は中学の頃からギターを弾いていたし、私は外で飛び跳ねているような性格であるが、ちなみに兄の曲は、
何処で憶えたのか、転がして転がして転がしたような曲である。
私もギターを弾いていたが、やおら先生(クラシックギターを習っていた後輩)についたり、
循環コードを憶えたりと身に付けていった。
19歳になって急に作曲が上達して、早速兄にカセット曲にして何曲か送ったりしていたが、
返信の中で、「負けた」などと書いてあって、深い意味は測り兼ねたが、その頃からギクシャクし始めただろうか。
旅の出発に、東京で逢って、「プロになるんだ」と言っても「俺は嫌だよ」などと言っていたが、
そのくせ、それとなく逆回転の仕方などを誘ったりしていた。私は小さい頃から絵を描いていて、
その緊張感を体で覚えていたので、とてもそんな話にはついていけなかった。
その頃はアメリカ行きの予約などをして、一寸先も見えない世界に茫然としていたが、
楽器屋でギルドに出会って、魅了されてしまった。
結局、足代を使ってしまったので、アメリカ行きは断念してしまった。
若さ熱とでも言うのだろうか、その頃は疲れ果て、ぼろぼろになっていて、
本当に疲れ果てると人は寝返りさえ打てなくなり、目だけがぎょろぎょろと不思議と動くと言う事を知った。
そんな中で、音楽だけは何時も私に仲良くしてくるのだ、と深く考えてみてそう思えるのだ。
話がそれ始めたが、私は「馬鹿正直なほどの若さの輝き」というのを知っているし、「青春のおもいのたけ」を。 草々

その 198 NHK行 2001年4月30日
前略 メール返信。 その17
メールどうも有難う。 大変なメールを受け取ってしまったと正直、苦笑しています。
怒りを覚える前に少し聞いて下さい。
●以前にもまったく同じようなサイトがありました。 その時と同じような怒りを覚えました。
音楽業界に対してではなく、「盗作された」などと、それこそ倒錯した考えにとらわれて
おかしなことばっかり言ってるHPの管理人に対してです。
  この世の中にオリジナルなものなどあり得ないことは、創造者であれば誰でも知ってることです。
それを「自分がオリジナル」だなんて奢るのもいい加減にしてください。
★ オリジナルとして区切らなければ、日本音楽著作権協会(ジャスラック)が必要なくなり、
潰れてしまいます。 そこの会長さんはその道の大家で、つまり、「レナウン娘が恋の片道切符で
北の宿からすれ違ったまま」なのです。(下線は私の曲)
あなたには分かりづらいと思いますが、分かる人には120パーセント痛いほど分かるのです。
●私はソニーミュージック円ターに在籍していた経験もありますが、あなたが言っているような
事実は全くございません。 妄想もいい加減にしたら?自分が自分の力で自分の楽曲を評価して
もらえないからっておかしな行動に出るのはやめたら? 大体、盗まれたって言ってる曲の中に一曲も
いい曲がないのはどうしてですか? なんでいい曲でもない、ただの駄作をわざわざ盗まなきゃ
いけないんですか?あたし にはそれが理解できない。 精神科に行くことをおすすめします。
★ そんな駄作を発表しているソニーはそれだけの視点しかないという事で「ソニーがソニーの力で
ソニーの楽曲を選択できない」ただの指の曲がった商売人だということです。
もう少ししたら全体の概要を載せますので、反論でも疑問でも聞かせて下さい。         草々

その 199 NHK行 2001年5月7日
前略 昨年は北海道の実家を5往復もして、私事だが忙しい日々であった。
懐かしい人達とも久しぶりに会えて、歳月を確認しあったりしたが、
そんな中で「ズバリ作曲法は?」と聞かれた。
 長い間で逆回転曲を促された事はあっても、作曲の話は皆無であったし、
余り深読みする性質でもないので「世界でただ一つの自分の曲を作るように」と薦めた。
 それは「とてもすてきな事」と受けとめるか、別の受け止め方をするかではその後が随分
変わってくるだろうし、思えば十代の頃、東京の学校に行っていた一つ上の兄が、
休みで帰って来た時に、作詞・作曲をやっている事を告げ、聴かせてくれもした。
 私は「世界でただ一つの自分の曲を作るなんて、なんてすてきな事」と感激して、言葉にもした。
当時はシンガーソングライターブームであったし、とても身近に感じて、そんな感想をもったのだろう。
 兄は中学の頃からギターを弾いていたし、私は外で飛び跳ねているような性格であったが、
ちなみに兄の作る曲は何処で憶えたのか、転がして転がして転がしたような曲である。
 その頃は私もギターを弾いていたので、やおら先生(クラシックギターを習っていた後輩)に就いたり、
循環コードを憶えたりと身につけていった。
19歳になって急に作曲が上達したので、早速カセット曲にして東京の兄に送ったりしていたが、
返信の中で「負けた」などと書いてあって、深い意味は測り兼ねたが、
その頃からギクシャクし始めていっただろうか。

その 200 NHK行 2001年5月11日
前略 旅の出発に東京で会ってプロを目指していると語っても、「俺は嫌だよ」などと言っていたが、
そのくせ逆回転曲などを話題にして誘ったりしていた。
 私は小さい頃から絵を描いていて、その緊張感は憶えていたので、
とてもそんな小手先の満足には興味がなかった。
 アメリカ行きの予約も済ませ、一寸先も見えない世界に漠然としていたが、
楽器屋でギルドのギターに出会い、魅了されてしまった。
結局足代を使ってしまったのでアメリカ行きは断念してしまった。
 若さ熱とでも言うのだろうか、その頃は心身ともに疲れ果て、ぼろぼろになって生きていたが、
人は疲れ果てると寝返りさえ打てなくなり、目だけはきょろきょろと動くという事を知った。
 実際、遠出が出来るほどの体力は残っていなかったが、身きり発車とでも言うべき旅立ちであった。(74年)
 話がそれ始めたが、そんな中でも音楽(創作)だけは、いつも私に仲良くしてくる、
とでも言いたいほど従順で、振り返ってみてそう思えるのだ。
腐りきった世の中だなんて当の昔から言われている事で、決して落胆してはいけないのであり、
私は馬鹿正直なほどの若さの輝きというのを知っているし、
青春の思いの丈を綴った作品にも幾つも出会っている。
 その時代にあって優れた作品を作り出すという事は、
その時代としっかり握手を交わしていなければ成し得ない事でもある。
指を曲げている者に握手を求める時代などあろうはずがない。
 79年には東京の調布に住んでいたが、その秋、思いもよらない力によって、それまでの作詞ノート
、カセット曲を焼失させられ、体調も崩し、危険を感じ、実家に帰っていた。

その 201 NHK行 2001年5月15日
前略 そこのところは業界の自白を待たなければならないのだが、NHKが促がしていたが、読売あたりが
化け物とつるんで、動いたらしく、事が済めば邪見に扱ったようで、スッタモンダあったようである。
もちろんとっくにコピーした全作品は手中に収めていての行動だ。
 海外の特殊な機関にとっては見逃してはいない事件であり、日本にとって決してプラスには作用しない動きである。
 抗議文のその1で「どういう考えをお持ちなのか」と慎重に問うてみても、下々の者に声をかけられた事がないので、
というような御粗末な返答であった。 そのくせやる事も、やらなくていい事もちゃんとやっているのだ。(その 59へ)
 サッカー・Jリーグの応援歌にクラシカル調の、CMにも何度かなっている、(最近ではソニー)曲は原曲があって、
私のテーブルの横に置いてあったが、ものの見事になくなっていて抗議の最中の事である。(カセット)
 原曲はもっと長く、前奏のギターはフジのスポーツニュースのテーマ曲に転がされていて、
まるで処女に群がる獣のような連中である。
言っておきたい事だが、もうじき、ワールドカップが開催されるが、決して盗んだ曲を使わずに、
無難な曲でまとめて、大会を汚さぬようにと、付け加えておく。
 私がHPに作詞を載せるたびに、苦虫を噛み潰しているのだろう。
この時(79年)、私も一緒に消えてくれていたら、今頃、作詞者さえダミーをあてがい、
ボロ儲けをしてニューミュージックとやらを確立していたのだろうが、それを思うとぞっとするのだ。
そうでなければ82年頃から本格的に作曲していた曲を右から左に部屋に押し入りコピーし、
証拠を消し去り、ぼろ儲けを繰り返さないだろう。 

その 202 NHK行 2001年5月20日
前略 仕舞いにはカセットのセットごと持ち去っていく始末である。
 言葉にするのも恐ろしいし、とても正気の沙汰ではないのだが、クーデターを起こす
前に一言問いかけてほしいのだ。 つまり私は「ちょっと待ってね、今、作曲の
スタートラインだからね」とでも答えたのだから。
 孔子の弟子、子路が尋ねた。 「肉を食べてもいいのですか?」
 孔子曰く 「よろしい。 ただし、肉を捌いている所まで立ち会わなくても良い、
 店に並べてあるものを買うようにしなさい」 (守屋洋著・中国古典を分かり易く解説)
よろしいと言い切るところが孔子様の躍如たるものだが、その後に続く行動の抑制も、
ほっとする内容で、庶民の生活ぶりが伺えて貴重な資料である。
 二千数百年前の、成熟した社会の仕組みが、垣間見えてくるというものである。
 私は孔子様ではないから気のきいた言葉は言えないのだが、業界からこのように言われた。
(盗った、有難う) 返答の仕様もないし、そんなイカレタ時代に生きているつもりもない。
 音楽活動は皆無であったが、曲の投稿などはやっていたので、77年に1度、ラジオ番組に出演した。
 吉川忠英氏(ミュージシャン)推薦によって、オリジナルをアレンジしてもらい、スタジオで唄ったのだが、
かかる不安材料をいっぱい抱えていて、エンジンがかからずに終わった。
 「脈打つ心はつっ走れT」という曲であり、実際にはXまであり、一気に聴くとかなりの暇つぶしにはなる
連曲である。 やはりこの作品が私のデビュー作だと思っている。
 司会者の谷村新司氏が「酷ですねぇ」と喋っていたのが印象的である。

その 203 NHK行 2001年5月25日
   (1973年)

一、

泥んこ遊びの 帰り道
田んぼの蛙も 遊び好き
また明日ねと 声をかけ
お父の顔が 目に浮かぶ

今日の帰り道 長い道



二、

お使い行った 帰り道
田んぼの蛙が また呼ぶよ
昨日の今日じゃと 声をかけ
約束拳万 また今度

今日の帰り道 近い道



三、

夕焼け照れる 帰り道
田んぼの蛙は 何処行った
怒ったかなと 声をかけ
約束やぶって 針千本

今日の帰り道 遠い道



その 204 NHK行 2001年5月30日
前略 実際、調布にいた頃、目が覚めると、頬が貼れていたり、糠味噌が付いていたり、カセットが無く
なったりと、つまり家宅侵入、薬物仕様、暴行障害、窃盗などを、面白がって繰り返していたようである。
 業界にとって、作曲者が邪魔な存在、あるいは二番煎じの材料、なのであれば、
これは大きな問題なのであるが、今はそれどころの話ではないのである。
 79年後半から80年の5月まで実家で悶々としていたが、ある日、夜中に目が覚めて、
右脳と左の体の神経がまったくなくなっていて、目覚めなければヤバかったのではと思ったほどだ。
体を少しづつ動かせば感覚が戻ってきたが、その後も左腕が無感覚という事が何度かあった。
 もう1度チャレンジしに来いと兄に言われ、言われるままに80年5月、横浜に行って、
業界と接触したが、まるで相手にされず、なんの説明もないまま、
結局自分で自分の方向性を決めたのが、唯一の収穫であった。
業界の為に時間を割くということが、これほど愚かな事はないと悟っただけである。
 ビクターが「返しておけば良かった」などとテレビを通して仏心を見せていたに留まったが、
結局横浜には6年近く住んでいたが、裏と、化け物ばかりが動いて、ここでもヤバかったのである。
 兄に、こうこうこうで、こういう事があったんだと、説明しても、知らない、分からない、ばかりで、
仕舞いには怒り出す始末で、ポツリポツリと「芸は身を助ける」とか「身に振るう火の粉は自分で払わなければ」とか
ソニーの言葉だろうが、無情なほどに意味も無いように聞こえた。 続く

その 205 NHK行 2001年6月4日
前略 是が非でも返す様にと伝え、自分の世界に戻っていたが、
兎も角精神衛生にはすこぶる悪く、私には三日ともたない世界である。
たとえはこんな会話があった。
兄(ソニー) 逆回転で作らないの?
私 作らないよぅ
ソニー どうして?
私 どうしてって・・・・・そうだねぇ・・・・・作ってみても一曲だね。
 つまり私には何故音楽に泥を塗らないの?と言われているようなもので、
それを分かってもらうには、幼稚園から勉強し直してもらうしかないのである。
 この抗議文にしてもイラストという歯車が、前進してくれているから進められる
ようなもので、決して時代にたてつく気もなく、立ち止まっているつもりもない。
 「インベーダーゲームは古典になるね」とその時代の興奮を素直に表現してみたが、どう受けとめたのかは、腕におぼえ無しであろう。
 いとしのエリーの原曲になっている作曲法でカセットに録音して本格的に進めていたが、何年かして聴き直してみて愕然とした。
間引きをやっている事にきずき、兄に伝えたが、ふんぞり返っていた。
 何年かして、めん玉レコードからソニーレコードへと盗作曲が動いていって
確実に化け物とつながっている気がした。
 父はソニー製品をまったく買わない人であったが、そういえば、そうだねと笑ってしまったのだが、
もしかしたら私以上に厳しい目を持っていたのだろうか、「腕におぼえあり」である。

その 206 NHK行 2001年6月10日
   (1973年)

一、

一匹のアリが 指に絡み付く
かじっても痛くない とくに指先は
だけど巣を ほじくると
アリが うじゃうじゃいて

身震いする
アリめ!




二、

一匹のアリが 指に立ち止まる
目を凝らしじっくり 見ると
硬い鎧を 武装した
兵士 みたいで

身震いする
アリめ!




三、

一匹のアリが 指にかじりつく
二匹でも痛くない 何匹いても
だけど巣に 手を置くと
骨と皮だけに なりそうで

身震いする
アリめ!





その 207 NHK行 2001年6月16日
前略 ソニーがまだ、悪あがきをしているようである。
かっぱらいのソニー、取っ払いの東芝、弄くり回しのビクター。
気を悪くする前に、それはこれからの教訓として受けとめてもらいたい。
 尽きるところ、作曲というのは、感性の精密な区分け作業であり、技術の貸し借りとは
別の次元であり、それを怠るのも、混ぜっ返すのも、時代への不義理である。
 86年には東京に舞い戻っていて、作曲・イラストともに充実した日々を送っていたが、
裏を語れば、ソニー・東芝を筆頭にそうそうたるレコード会社が仲良く盗作曲の
区分け作業を行なって、ヒットを飛ばしていたのである。
 本当に絵に描いたように、業界内での文句が出ないような仕事振りである。
勿論、イラストのほうも負けていず、絵を描きかえたり、別のカット絵に差し替えたりと、
気がつけば隣の部屋で馬鹿笑いが聞こえてくるという手の込んだシナリオである。
 つまり何百回と私の部屋に押し入り、カセットの編集を行なっていたのだが、
どのようにして、何の為に、もさることながら、相当の人間が関わっていることになる。
 盗んだ曲で支持されファンがついて浸透したから、もう安心などと、
お客さんからお金を貰って、飯を食っているプロのあるべき姿ではない。
会社に泥を塗っても、なお平然としていられる日本企業の体質、名指しにしても、
宣伝になると、笑っている傲慢さ、海外に底知れぬ威圧感を与えているのに、
まるで分かっていない、無神経さ。                             草々

その 208 NHK行 2001年6月23日
  (1973年)

一、

夏風そそぐ 木立に座り
飛まつを拭い 耳を澄ますと

そのままスーッと 吸い込まれるように
幼い頃が 目に浮かぶ

蝉の声





二、

川音も遠く 青葉に閉ざされ
振り向いただけで 静けさが深まる

樹木に耳を 眼を見張り
見えた青い 生命が

蝉の羽化





三、

七年の沈黙を 脱ぎ捨てて今
真っ只中の 夏を歌う

まるで煮えたぎる 生命を
声に託した 挽歌

蝉の声

※六年よりも七年の心を抜粋



その 209 NHK行 2001年6月29日
前略 MEをインストールしてみようかなと書いてみたら、
インストールしてみたくなって、SEにインストールしてしまった。
 なにやらホームネットワークという便利なものが目に付いて、
ウイザード大好き人間の私にとっては、さっそく設定してしまい、
ついでに98の方も繋ぎ、共有できるようにした。
何週間かたってプリンターを使用して終了したところで
フリーズしてしまい、入力も覚束なくなってしまい、
仕方なくMEをアンインストールしてみたが、直らない。
「えーぃ太っ腹」とリカバリーしたが直らず、
これはオカシイと電話したところ機械の方という事で修理に廻した。
 しばらくたって98の方の起動が10分もかかるようになり、
警笛が鳴りっぱなしで、これはオカシイと電話したところ機械の方という事で、
何とかバックアップをして修理に廻した。(※インターネット時・
ハッカーの仕業か・放電すると徐々に良くなる)
 結局手元にパソコンが無くなってしまい、途方に暮れてしまった。
もしかしたら私はパソコン大好き人間ではないかと痛感し、おんぶお化けを呪った。
イラストの方も集中させず、邪魔ばかりしているおんぶお化け。
 もうすぐフレッツADSL開始が迫っていて困ったなと思う間もなく、
SEの方が戻って来たので、やれやれ。とはいかず、
今度はLANカードを認識してくれず、リカバリーもして、色々試してみたが直らず、
6月4日開始日から現在に至っている。(※24日開通・初歩的ミス・ケーブル)
 話は変わるが強制終了して何十年も経ってから、起動してもやはり、
「Windowsを正しく終了されなかった為」のドライブのチェックが始まるのだろうが、
誰かさんのように「そんな古い話は忘れたわい」とか「今更何を言っている」
などと言わないところがデジタルの正直なところだろう。             草々

200年〜

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